2009年11月 1日 (日)

スカイラインは今。国道477号線。

P1010645_3  「あれ、もしかしてガードレールなん?ひもみたいやん」と息子。子供にとって自然の驚異は普段の生活とはかけ離れています。息子によい勉強になりました。
 昨年の9月の豪雨で甚大な被害を受けた国道477号線、鈴鹿スカイライン。その後沢山の方がレポートされてますが、昨日10月31日時点の状況をレポートします。
 スカイラインは上から下から、かなり整備が進んできてますが、最大の崩落場所であるここ、表道の登山道口から2カーブ目までには到っていません。まずここまで重機を運んでくる道を整備しているのが現状です。でもこれを直すには数年を要すると思うんですが、専門の方、どうでしょう?
 この崩落場所の崩れの残骸の上を歩けるだろうと近づきましたが、とても通れる代物ではありませんでした。素直に整備してある迂回路を通りましょう。写真は迂回路からのもので、一番の写真ポイントです。スカイラインと並行する沢道登山道は、一部補修されほぼ通れます。

P1010648  三ッ谷口の堰堤。バック・ウォーターにあった水は完全に埋まってしまいました。水は伏流となって流れています。濃い水色をして池のようになっていて、低い位置から見ると空と境目が分からなくなって綺麗だったんですよ。奥まで行ってないので小滝がどうなっているのか不明です。ここで何度もテントを張ったんです。鎌ヶ岳側から流れてくる水は飲めたんで、最高の水場と四日市を眺めるシチュエーション。今でも良いところです。

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2009年9月29日 (火)

付録(伊吹山の懐)。さざれ石公園、揖斐川町・笹又。

P1010227_3
♪さーざーれ~ いーしーの~、
 いーわーおーとーなーりて~♪

ここは国歌「君が代」発祥の地、揖斐川町・笹又。今まで何を歌っているのか気にも留めなかった君が代ですが、「さざれ石の岩音鳴りて」と歌っています。ここは日本で唯一「さざれ石」が産出される場所で、「君が代」 がまず和歌として歌われた場所なんです。今回は伊吹山登山口で出会った「さざれ石公園」をご紹介します。

 君が代発祥の経緯は写真をどうぞ。またそれを世に知らしめた小林宗一氏の功績を讃えた碑の写真もどうぞ。
P1010125_2Rimg0003  特に気になったのは、小林宗一氏の経歴で、「三重県菰野町の見性寺で勤学修行」とあるところ。知ってますよ。見性寺は菰野藩主土方家先祖代々の墓を守る由緒正しき禅寺で菰野駅の南側にあります。へぇ~そうなんだ。昔聞いたことがあるんですよね~。菰野町の関係者の人が菰野町に縁のある岐阜の人の碑を定期的 に訪ねてるって話を。記憶が繋がってきたような・・。それから先日のお金明神探索にも関係してくる木地師、惟喬(これたか)親王、君ヶ畑など、西尾本フリークには聞き 逃せないキーワードがずらり。惟喬親王は弟との天皇後継争いに敗れて鈴鹿山中に籠ったんですが、家臣の藤原石位佐衛門は「君主、惟喬親王は永遠なんだぁ~」と歌ったのでしょうか。君が代の一般的な解釈としては、「君」は天皇を指していることになっていますが、元々は家臣が主人を歌った歌だったのかも。この地への訪問は、何も知らずにやってきましたが、わたし的には大発見の訪問となりました。(かなり年寄り臭いです。)

P1010126  WIKIによると、国歌としての「君が代」は最近になって法制化されて議論となっていますが、実際に使われ始めたのは明治初期。「日本が開国した時点において、外交儀礼上欠かせないものとなっていた。」とのこと。「古今和歌集」に詠み人知らずとして載っていたものから明治政府によって海軍歌として選定されました。和歌にメロディーをつけるのに相当苦労したそうです。そうですよね、もともと音階をつける前提はないんですから。

P1010230_2 P1010232  柵に囲まれたさざれ石の横には元中曽根総理の筆で「君が代発祥の地」と刻まれた碑があり、またこの奥の大堰堤にはポップアーティスト日比野勝彦の絵が壁面いっぱいに描かれて います(だいぶハゲてます)。この場所周辺が「さざれ石公園」として整備されていて、粗末ながら記念館もありました。みなさん是非ご訪問を。揖斐川の鮎ヤナ と「谷汲さん・華厳寺」参りとのセットで来て、本文のモリモリ村に寄っていくのが西美濃の醍醐味満喫ツアーです。鮎ヤナは「岡島ヤナ」へどうぞ。

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2009年8月24日 (月)

わが町の花火大会。

Dsc01076_2    昨日はわが町の花火大会。ここ数年は混雑を避けるため空港船ターミナルのある浜園公園で見てきたのですが、今回はもっと打ち上げ場所に近い富双公園で観覧。ここにはとても綺麗な芝生の丘広場があるんです。ちょっと小高くなっていて、その芝生は何処よりも手入れが行き届いて、そのまま横になれば、ゆっくりとした傾斜で顔を上げなくても花火が空いっぱいに広がるのが見られるんです。海に映る花火の光も素晴らしい。(傾斜のせいでビールの置き場に困るんですが。)
 それより最近お気づきですか? 海沿いの公園などが最近とても綺麗に清掃されているのを。実はこれ、市の公園管理もされているんですが、「ウミガメ保存会」の方々が定期的に清掃されてるんです。ウミガメ保存は現在全国的な規模で拡大していて、わが町のウミガメに関心のある方々も集まって保存活動をされています。昨日は年に一度、港が活気ずく日。みなさん港やその周辺を汚してきませんでしたか?最高に綺麗な芝生に犬のフンがあったのは残念。

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2009年4月19日 (日)

山桜はこの時期に満開。奈良・屏風岩公苑。

Rimg0297_3 山桜の山は、様々な色を山肌に映します。桃、紅、黄、緑。いわゆる平地の桜の名所なら、ソメイヨシノの薄ピンクの単色が木々を染めますが、山桜はツツジなど他の木々と美しく色を競いながら咲きます。
 ここ屏風岩公苑では、古代の火山活動で出来た高さ200メートルを越える屏風状になった断崖、その直下で10メートル以上の巨木の山桜が群れて咲き乱れます。その光景は圧巻なんです。

”山桜、人知れずこそ好写真、山里奥ぞカメラの放列”
(山桜を撮るには、人の居ないところが良いだろうと、山里の奥へ入ったが、そこにこそ、カメラを持った写真マニアの人がいっぱい居て、びっくりしたんだなぁ)

 失礼しました。間違ってませんか?今日は先週、京都で桜を見た影響で、桜をまだ見たいと思ったのですが、とき既に遅く、桜の季節は過ぎていたのでした。それでもと思い、いろいろ雑誌などをめくっていると、「屏風岩公苑の山桜は4月下旬が満開」との情報を得ました。桜に「山」とついたら放っておけないでしょう。屏風岩公苑と言うのは我が三重県の名張市からずっと南部。奈良県に入った山の中、宇陀郡曽爾村にあります。そこから数十キロの吉野・奥千本もまだ咲いてると考えましたが、ちょっとメジャー過ぎて芸がないですよ。人も多いですし。初めて聞く桜の名所は、朝早く行けばだーれも居ない貸切桜ステージだろうと、勢い込んで出掛けたのでした。でもそれは大きな間違いだったのです。

Rimg0342 針ICからどれほど走ったでしょうか。ようやく曽爾村に入り、林道を進みました。こんなに山奥で大丈夫だろうかと思い、すれ違う車も全くない状況では、私達親子だけが今日の山桜に合いに来ているんだと断定しかけた瞬間・・・、目の前に「さくら祭り」のにぎやかな看板と車でいっぱいの駐車場が現れたのでした。ウッソー!
 その場所は、写真好きの方々には余りにも有名な撮影名所だったのです。富士山のダイヤモンドリング並みにカメラの放列が出来ました。高級一眼レフやブローニー、大口径のレンズ群の中、コンパクトデジカメの私と息子がチョロチョロする様は何か滑稽な感じでしたが、皆さん快く場所を譲ってくれたりして、和やかな雰囲気。カメラを始めた新人さんも、先生に連れられて沢山みえてました。つまり、それほどに素晴らしい場所だったのです。

Rimg0203 今日は息子もT9で撮影しました。ここの山桜は珍しく、白味が強いんです。それでいて樹齢が長く、巨木が多いんです。幹の黒さと太さに反して、その花は白く可憐です。息子もあっちこっちから花を撮ってました。見ると、インスピレーションを刺激されるような構図で撮ってるんですよ。
 ゆっくり持ってきたお茶を頂いて、柿ピーを摘んでいると、人が多いのに静かで、時間が止まっているみたいです。桃源郷のイメージはこんなのかなぁ。

Rimg0273  屏風岩の全貌は、私のしょぼいカメラには収まりません。でもイメージは伝わるでしょうか。凄いボリュームの火山岩が隆起してるんですよ。過去に何度も火山活動が続いた跡だそうです。天然記念物に指定されていて岩は登れません。背後には遊歩道が付けられていて、頂上に行けるようになっています。今回は、足の状況も考えて自重しました。頂上から見る山桜も凄いらしいです。

Rimg0403  真っ黒な山、凄いですよね。300名山の倶留尊山の麓、曽爾高原は通年ススキの草原に覆われているんですが、年に一度、3月に野焼きが行われます。その直後に来たんです。この後、一斉にススキの穂が伸び、夏まで一面が緑のじゅうたんに、秋には陽射しに美しく、黄金色に輝くそうです。一度来て見たいですね。緩やかな山塊、1,038mの倶留尊山にひと登りして、温泉と地ビール、旨そうです。嫁さん連れて来て、運転してもらいます!

Rimg0389  もうひとつ登らなければいけない山を見つけてしまったんです。我々親子の前に突然現れた山。不意打ちを食らわせるように現れたので、車を急停車してしまいました。息子も「なんじゃ、あれは~」と叫びました。映画「未知との遭遇」に出てきた山(現実には「デビルズ・タワー」と呼ぶんですが、アメリカ・ワイオミング州に実在します)のようにそびえます。「鎧」と呼ぶんだそうです。(鎧岳でした。すいません)こちら側は、相当なクライミング能力でないと歯が立ちそうにないですが、山の向こう側は緩やかな山容で、遊歩道が付けられているようです。「これは写真で説明しても雰囲気、分からんやろ。連れて来やな。」と息子は、嫁さんを連れてきて登らせたいみたいです。「これは登らなあかんやろ」と、しつこいです。倶留尊山と鎧岳ですか、忙しくなってきましたよん。

Rimg0397 Rimg0405  曽爾高原にある「お亀の湯」です。ここのお湯、お肌しっとり度が凄いんです。温泉施設自体が出来たばかりなので、清潔で美しく、気持ちがいいんです。またいいお湯を発見してしまった感じです。外の露天風呂の眺めも最高。先程の鎧山の緩やかな面を正面に眺めます。思いつきでここまでやって来ましたけど、曽爾村って、良いところですね。キャンプ場も曽爾高原にあります。是非また来てみたいです。

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2009年3月28日 (土)

山のカップヌードル完成!MY CUP NOODLE FACTORY。

Rimg0060_2 今日は日清製粉「インスタントラーメン発明記念館」で、カップヌードルを「作って」きました。 スープはカレー、具はニンニクチップとチーズ・・、パッケージングに自分の好きな絵を描いて・・。体験教室が用意されてるんです。日本が誇る世界の食べ物、カップヌードルの色々なノウハウを拝見できた訪問でした。
 山で食べるカップヌードル。たまらなく旨いですよね。私は特にカレーヌードルが大好きです。山でなくても、休日自宅にいるときもトキドキ食べてます。カレーヌードルを牛乳で作ると、超旨くなるんですよ。東京の有名イタリア・レストランのシェフが、まかない料理として紹介してたのをテレビで見たんです。最近ミルクカレーヌードルが発売されてますが、日清食品に噂が届いたのでしょうか。でもカレーヌードル・牛乳組みには勝ててないような気がします。牛乳と聞いて違和感を持たれる方もいますが、だまされたと思ってお試し下さい。息子も初め聞いたとき、ウェーと声を上げてました。

Rimg0045_3 Rimg0327_2  カップヌードル製作後、風船みたいなパッケージングを用意してもらってあって、潰さず持ち帰ることが出来ます。記念館では、麺からカップヌードルを作る体験企画もあるんですが、こちらの方は、数ヶ月先まで予約が埋まっているとのことです。
 しかし山で旨いカップラーメンですが、捨て汁と持ち帰る容器の問題が残ります。平気で捨て汁を山に捨てる登山者がいますが、是非お止め下さい。ましてや沢に捨てるなんて、とんでもないです。捨て汁は最後まで飲む。容器は持ち帰る。これ、山では当然のことです。容器ですが誰か、火にかけられて、縁に口をつけても熱くなく、洗いやすく、軽くて、コンパクトになる容器を発明していただけないでしょうか。それか、ゴミにならないカップめんの容器を考案下さい。リサイクルの陶器がありますが、重くて割れよく、山には持って行けないですよね。

Rimg0315_2 カップヌードル記念館の前に、コカコーラ工場の見学にも行ってきたんです。フルーツ系飲料「Qoo」のキャラクターフィギュアと記念撮影。
 息子と私、下山後に冷たい炭酸飲料を飲むのが大好きなんです。邪道と言われようが構いません。口が甘くなるとか、炭酸で余計に喉が乾くとか、運動直後に炭酸を摂取すること自体に問題があるなど、多々意見がございますでしょうが、自己責任の範囲で楽しませてください。我々親子は、昨年の「大山水無し地獄」以来、飲み物には敏感になっており、お茶の予備を常備することは当然で、加えて炭酸飲料を下山後大量に摂取するのが定番になっているのです。明らかに、あの時のトラウマに追いかけられています。現在息子は「スプライト」にハマッテます。(「ファンタ」でした。)私は「コカコーラ・ゼロ」。工場で飲み放題と聞き、二人で飲み過ぎてしまいました。ゲボッ。

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2009年2月15日 (日)

写真、山での楽しみは尽きません。RICOH R10

Img_3719以前から気になってたカメラ、RICOH/R10。リコーは28ミリからの高倍率レンズにこだわっていて、すごく興味があったんです。レンズの性能を語れるほどの腕前ではありませんが、もともと銀塩のGR1を持ってたんで愛着のあるメーカーでもありました。でも、起動は遅いし、ガチャガチャしてるし、オートフォーカスも遅い。ちょっと手を出し難い存在だったんです。GR/DEGITALともなれば、機械的な性能も立派なんですが、中級クラスのものは、所詮中級クラスの操作感だったんです。いえ中級クラスなのに、低級クラスの操作感だったんです。
でもこのR10を触ってびっくりしたんです。もともとあった潜在能力に、普通の機械的クオリティが備わったら、こんなにいいカメラになっちゃうんだ。クリアなレンズ描写。いきなり触れる露出補正、ホワイトバランス、ISO。近頃はこの辺も押さえた、機種も出てるんですが、アジャスト・ボタンそのものが使い易い。少しアンダーな露出で本物の色を再現したいですね。水準器まで付いてるんですよ。あこがれのチョートク先生も愛用と聞きます。去年の暮れから使ってた920ISは手放しました。

Img_0058
「 三ノ沢岳」(Canon 920IS,1/500、F5.8、ISO80)
いつでも登れそうなんで、ついついその機会を逃してしまう2,846m。いつかは登ってみたいです。

Img_0237_2
「雪嶺の大三角」( Canon 920IS,1/400、F5.8、ISO80)
山口誓子が句にした鎌には、もっと雪があったのでしょうか。

Rimg0036_2
「こおり」(RICOH R10,1/1070、F5.4、ISO80)
雪解け水が、美しく氷柱を造ります。

Rimg0131_2
「月光・高見石」(RICOH R10,1/189、F5.2、ISO200)
夕景から振り返ると、月明かりが灯っていました。

Rimg0149_2
「山小屋ランプ」(RICOH R10,1/34、F3.6、ISO271)
山小屋は、やっぱりランプがイイ。

Rimg0207_3
「日射し」(RICOH R10,1/2000、F5.0、ISO80)
風雪の厚い雲間から、一瞬日差しが射しました。

Rimg0338_2
「高速・湾岸弥富」(RICOH R10,1/310、F5.2、ISO100)
嫁さんが撮影?

題名を付けると、なんとなく、それらしい写真に見えますが、どれも作品とは言い難い、ショボイ写真ばかりです。すいません。この中で一番思い入れのあるのは、「高速・湾岸弥富」かなぁ。山から帰ってくる伊勢湾岸自動車道で、いつも鈴鹿の山が美しく帰宅を迎えてくれるんです。名港トリトン越しに見える鈴鹿山脈は、カッコイイんですよ。夕方時のFMラジオからは、息子もお気に入りの日産がスポンサーの番組「あ、安部礼司」が放送中です。今日も楽しく山から帰ったなぁ、って感じな時間なんです。余計な話でした。

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2009年2月 1日 (日)

今日は美術の日?アンドリュー・ワイエス展+モネ印象日の出展+光彩会写真展

Rimg0012_3 我が家の廊下には、犬が一匹居ます。私が好きな暖かみのある色のダウン・ライトに照らされて、少し落ち着いたのか、眠っています。でも彼が眠っているベットの主人、「マスター」は戻ってきません。神に召されたのです。ベットの飾りには、それを暗示する宗教装飾。彼に名前はありませんが、我が家は主人を待つ彼を、ずっと見守っています。
この絵は現代アメリカを代表する画家 Andrew Wyeth の、「master's bed」という作品です。今日は、愛知県美術館で開催されている「アンドリュー・ワイエス展」に行ってきました。私、学生時代に出会って以来のワイエス・ファンなんです。この絵は、もちろん本物ではなく、アートプリントです。1988年3月に東京の世田谷美術館で開催された「ワイエス展」で、これを手に入れてから(また20年か~)、ずっと実家の押入れに眠っていたんです。数年前マンション購入を期に額装し、以来我が家の壁を飾っています。

Rimg0039ワイエスの作品は、愛知県美術館も何点か所蔵しているみたいです。ここでの大きな展覧会は、「ヘルガ・シリーズ」が日本にやって来たとき以来だと思います。それでも、もう十年くらい前だったような気がします。
私が初めてワイエスに直に触れた世田谷美術館での展覧会は、ワイエス親子が3代続く画家の家であることを中心に企画されてました。そして直に見た二回目は、NYの近代美術館です。そこでついに、代表作「クリスティーナの世界」と対面。余りにもシンプルな額縁に入れられた作品を見て、少しがっかりした覚えがあります。その時は、メトロポリタンを見た直後だったので、重厚な作品の印象が頭を一杯にしていたせいもあったと思います。でも、その素朴な画風は、NY近代美術館の作品群の中にあって、異彩を放っていて、沢山の人がその作品の前で足を停めていました。

Rimg0028_2 Rimg0025_2 今日の会場は日曜日のせいもあって満員。息子の見ている大きな塊の絵は、海岸沿いの丘の上にある巨石を描いた「火打石・flint」という作品。この絵が気に入ったのか、レコーダーがしてくれる作品の解説に聞き入ってました。太古からそこにある石。海鳥に汚され、白い糞が表面を覆っています。石の手前の地面には、エサにした魚などの骨や死骸が散乱します。息子もワイエス同様、生命の無い石に厳しい生命の跡形を感じたでしょうか。

Rimg0071_2 印象派の起点的作品「Claude Monet's Impression Sunrise」。これをとりあえず息子に見せておきたかったんです。あっちこっちの山で、本物の日の出を数々見てきた息子に、今度は人間が描いた日の出、本物の絵画を、ライブで見てもらいましょう。まぁ、息子的には、「なに、このヘタクソな絵は?」でしょうが。
午後からは、名古屋市美術館で開催中のモネ「印象・日の出」展に行ってきました。更に午後になって、美術館は激混み。1月12日には、大原美術館館長の高階秀爾氏の講演会があったとのこと。悔しい。氏が東大名誉教授時代に書いた「名画を見る目」は、西洋絵画について物凄く分かりやすく解説してあり、今だ読み返しているほどなんです。しかし、「日の出」の前には余りの人で、息子も私も満足な鑑賞は出来ませんでした。オエっ!

Rimg0058 さあ、美術の日の最後を飾る作品は、これです。先生の「雪稜・鹿島槍ヶ岳東尾根」。四日市文化会館で開催されていた、フォトサークル光彩の写真展「大地光彩」に行ってきました。
もうひとつの出品「輝くシスパーレ・パキスタン・カラコルム・キャンプ1」は説明通り、4,000mを越えたC1から頂上を捕えた写真。既に高山病で死者が出てもおかしくない高度。作品の価値は、芸術的価値もさることながら、撮ったことそのものにあり。この写真展、アマチュアながら力作揃いで、大変為になりました。ただ失礼ながら、、他の方の作品ではありますが、キレイ・キレイに、お約束の場所から撮影されたマッターホルンの写真は、ちょっと寂しく見えましたよ。

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2009年1月25日 (日)

究極の癒し、ほったらかし温泉。

Img_0318 この開放感たるや、まさに「ほったらかし」。雄大な景色の中に「ほったらかし」にされてはいても、甲府山地の上に頭を出した富士が、いつもこっちを見ていてくれてます。全身の力を抜いて体を湯船に浮かべると、自分が阿呆になって、何もかも忘れてしまってます。
一度は来てみたかった「ほったらかし温泉」。初めてその存在を知ったのは、ヤマケイの温泉特集。その一文、「はだかになって、山をまるごと味わう贅沢である。正面には富士山が・・・〈中文略〉”温泉しかないので、何もおかまいできませんが、ごゆっくりどうぞ。”というスタッフの思いが込められている」。この記事を美人女性ライターが顔写真入で紹介してたんですよ。しっかり記憶に残りました。またその記事には、この温泉の裏山である兜山に登って、「ほったらかし」を味わうのがお勧めとありましたが、そうなると我が家からは一泊仕事になってしまい、気軽さがなくなってしまいます。今回は、「山には登りたくないが、富士山が見たい。温泉にも入りたい。」とワガママを言う嫁さんを連れて、「富士山が見えるシリーズ番外編」、山梨県の「ほったらかし温泉」に日帰り強行軍で行ってきたのでした。登山はありません。

Img_0309 夜明け前にやってくると、ご来光を見ることも出来ます。今日みたいな寒い日は、空気がより乾燥して太陽が真っ赤になってたはずです。帰宅途中、名港トリトン辺りからの夕焼けも、すごく綺麗でしたからねー。
この温泉には「あっちの湯」と「こっちの湯」のふたつがあります。上の写真とこの写真は「あっちの湯」です。富士山を正面にする「こっちの湯」は。午前10時からで、今回は入れませんでした。「あっちの湯」はさらに夜になると、山梨市の夜景がみごとに見えて、夜景百選にも選ばれているそうです。それから各々に、ちゃんと室内風呂もあって、カランも多数で、ゆっくり体も洗えます。

Img_0332 Img_0341_4   「名物・温玉揚げ」です。これが絶品なんです。外がサックリ、中がとろーり。芳ばしくて塩味が効いていて、運転してなければビールが飲みたいところです。ぐっと我慢です。温玉の向こうで息子は、何故か売っていた好物のフライド・チキンを食ってます。
それから山梨と言えば、フルーツ。「ほったらかし温泉」は、フルーツ地区の真っ只中にあります。帰りにイチゴ狩りをしてきました。どれだけ食べれるか息子と競争しても、まだ私が勝ちます。甘みが強いのと、酸味が強いのと、両方食べれるのでイイですよ。その名も「イチゴ・ランド」。お勧めです。

Img_0346 いやぁ~、期待通りの本当に良い温泉でした。他の入浴者の皆さんも、ホントに気持ち良さそうにしてるんですよ。これほど良い顔をして入浴している人の多い温泉は、そう無いですよ。半身を湯に浸しながら、じっと富士山を眺めてるんですよ。富士山は、写真のイメージよりずっと大きく見えてるんです。目の前の感じです。今度来る時は、山に登って、泊まって、朝風呂も頂きたいです。早くもう一度来たい!

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2008年8月10日 (日)

映画「八つ墓村」を見たことありますか。

Dsc00096 横溝正史原作の映画「八つ墓村」。物語は岡山県の山深い村を舞台に繰り広げられます。その舞台となったのがこの建物。三菱財閥が経営していた銅鉱山から出る銅鉱の副産物である「ベンガラ」と呼ばれる赤い顔料で財をなした広兼家のお屋敷。小高い山の斜面に立てられた建物は、単なる庄屋の建物とは思えない作り。城のような高い城壁と強固な門構え、中は当時の豪華な建築技術を駆使した日本建築です。

Dsc00118数々の部屋は当時のままで、金田一耕助が推理を語り始めてもおかしくない雰囲気。物語はその村の庄屋の家督相続から始まり、その村に伝わる落ち武者七人殺しの話が複雑に絡み合い進行します。その後何度も不可思議な殺人が起こるその村。七人の落ち武者を殺した首謀者の末裔多治見家。数十年前にはその多治見家の当主が32人もの村人を殺します。映画の有名なシーン。火を灯したロウソクを頭に縛り刀で村人を殺していくシーンは衝撃的でした。ストーリーは実際、大正時代に同じ岡山県内で起こった津山事件という事件をヒントに作られています。

Dsc00113Dsc00128_3現在この建物は県が管理し、公開しています。「八つ墓村」の物語はまったくのフィクションで、この場所にそんな話はまったくないと聞きます。でもこんな静かな村に、余りに強固な石積みの城壁は不釣合いです。建設当時を考えても村の人々とこの家の住人とは、余りにもかけ離れた生活を送っていたに違いありません。銅鉱山で悪劣な環境の中で、生命を危険にさらしながら働いた村人。当然不満が広兼邸の住人に向けられたに違いありません。その緊張感がこの石積みに現れているように考えられます。村人の怨念が、この建物は込められているように思えるのです。

Dsc00012 岡山を舞台にした横溝正史の作品は多いのです。今回の夏休み、大山とともに山行候補に上げていたのが、映画「獄門島」の舞台となった岡山県瀬戸内海に浮かぶ笠岡諸島。山と渓谷社の雑誌「探検倶楽部」の海を渡る探検でもその白石島が採り上げられています。標高を上げていくと、その景色はアルプスの山にいて山のピークが雲海から顔を覗かせているような錯覚に陥ってしまうと、表現しています。実際に白石島のピークは150メートル程度ですが、海岸べりからピークへの駆け上がりが、他の島の山より急でより高度感を感じるとのこと。修験者の山?とも言われていた歴史があるそうです。山と海、普段出会わないシチュエーション。露出した岩肌も多く、冒険にふさわしい舞台。人の多い夏のシーズンを避けて訪れてみたいと思っています。

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2008年7月21日 (月)

「鈴鹿山脈 四季写真展」

Img_2528 羽鳥峰の砂山です。この花崗岩のピークも風化と人の登頂により、数十年後には姿を消しているかもしれません。息子も手を着いてしまうほどの急な斜面にザラザラの砂地です。降りる時はわざと滑って降りていきます。(良い子は真似しないように。)今日は鈴鹿市白子のショッピングセンター”サンズ”で開催されている「鈴鹿山脈 四季写真展」に行ってきました。鈴鹿の山をこよなく愛する人たちが持ち寄った写真が公開されています。特に失くしてしまった自然をこれ以上破壊しないように呼びかけています。先生の写真も発見。雨乞岳を冬にラッセルして登っているクライミングスクールの生徒さんを捉えていました。この冬の鈴鹿は例年に無く雪が多かったですから。
私のお目当ては、「水谷のりや」氏の写真。鈴鹿市役所で同時開催されている同氏の個展は休館中で拝観できず。一点だけこちらに展示されていた「御在所藤内壁」を見ることが出来ました。いつもWEB上で拝見させていただいている氏の写真にいつも感動をいただいております。鈴鹿の山をこんなにも美しく撮ってくれて、ありがとう!鈴鹿の山を知らない人に自慢できて嬉しいです。

Img_2748 氏が国見尾根から藤内の前尾根を撮った写真です。息子は顔を近づけて、誰か岩に取り付いていないか探しています。(居ません!)さすがプロ。相当な部分までピンが合っていて、砂粒まで見えそうです。そんな技術的な話はさておいて、氏の被写体に正面から向き合う姿勢は素晴らしいです。季節や時間を問わず鈴鹿山系を訪れ、とても美しい山々の姿を捉えています。羨ましい限りです。まぁ、私に時間が有っても、あんな素晴らしい写真は撮れませんが。

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2008年3月 9日 (日)

祝開通!新名神で岡山へ。

Img_1822出来立ての高速道路、新名神を使って岡山へ行って来ました。時々関西方面に出掛ける我が家にとっては、悲願の高速開通だったのです。

最近はETCなるものもでき便利になりましたが、使ってはいるものの、その割引機能の理解がイマイチで特に気にしていませんでした。今回、岡山へ行くに当って事前に調べたところ、岡山までの高速料金が6,150円もかかるとのこと。そしてETC割引を使うとなんと3,650円になることが判明しました。しかしその条件は深夜0:00から4:00の間に高速に乗ってなければなりません。よしっ!、と夜3:50(朝?)に高速に乗ることを目指し、3:00に目覚ましをセット。仕事帰りの私は、金曜夜11:00に翌日に備え就寝したのでした。しかし晩御飯の時、飲んではいけないと嫁さんに言われたビールのせいでしょうか、(こうなることは薄々判っていましたが)目が覚めたのは朝5:00だったのです。そうです寝坊したのでした。布団の中から嫁さんに「今、何時か知ってる?」などと話していると息子も「よく寝たな~」と起きます。そのはずです、こいつは夜の8:00から寝てますから。「あーぁ」と言いながら、とにかく出発はしないといけないので、準備して出発です。

Img_1823Img_1824_2 亀山ICの手前から分岐する新名神は広くて気持ちがいいです。トンネルも3車線で、さらに路側帯もあり圧迫感を感じません。腹が空いたとうるさい息子のリクエストで土山サービスエリアへ。新しくてお洒落なカフェ風レストランでうどんをすすります。トイレも「ここのトイレ、かっちょいいなー」と息子が言うように木目の壁面にモダンな便器が使ってあり綺麗です。

Img_1829 今回の目的地は岡山県高梁市。昨年秋のブログで岡山のことには触れましたね。中国山脈の真ん中位にある盆地に町の中心地はあります。こんなド田舎でも一昨年の夏、息子とやってきた折、当時息子が夢中になっていたムシキングのゲーム機が一台あったのには驚きました。小京都と呼べるほど歴史的な町並みはありませんし、近くに鍾乳洞が多いのと映画「八つ墓村」の舞台となった村があることが自慢でしょうか。この辺は島根県にある出雲大社の文化が浸透しているからか、古事記にちなんだ物語を歌と踊りと漫談などで表現する備中神楽が夏から秋にあちこちで上演され、国の無形文化財に指定されています。わたしも子供の頃、この神楽を見たことがあります。この地方唯一の花火大会の夜、夜店などが並ぶお祭りの中上演されていた風景が思い出されますな~。

Img_1833_2 今回の目的はこれ。息子が将棋の師匠と仰ぐ老人に会うためでした。数回勝ったことがありますが、老人が本気でやれば、まだ歯が立ちません。お互いめったに会えませんが、年に数回しかない対局を楽しみにしています。新名神の開通で少しは岡山が近くなりました。対局も増えるかな。

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2007年12月 2日 (日)

エクセレント・ウエディング

Dsc00643_2 久しぶりの結婚式出席。それもスピーチのトップバッターで緊張しました。会社の部下の結婚式です。やってみなければ分からないこの苦しみ。一週間ほど前からどうしようかと思案していましたが、ぶっつけ本番で何とかなるだろうと高をくくっていました。ところが何を思ったか、前日にネットで「スピーチ応援サイト」なるものを見てしまいました。主賓の体裁を保てないやら、心を込めた挨拶やらが頭を巡り始め、やっぱり台本を用意することにしたのでした。いざ台本を作るとなると、それはそれで難儀するわけで、昼始めて夕方完成。それから息子と嫁の前で練習。「その言葉、威張り過ぎっちゃう?」など息子の駄目出しに「そやな~」と生返事しながらも、そうかもしれないと読み返してみたりしたのでした。さて当日、一応台本のストーリーに近い内容で話しましたが、ご両人に気持ちは届いたでしょうか?周りは良かったと言ってはくれましたが、微妙な感じでした。

Dsc00591 その後は終始リラックス。別の部下のカメラを取り上げて、写真撮影に熱中したのでした。(唯のコンパクトデジカメ。私のと一緒のソニー・T-9です)でも人のカメラじゃ駄目ですね。家に帰ってみてみたら、なんと日付が写し込みになっているではありませんか。折角、日の光が入ってくるところで待ち構えて、ドレスのドレープの美しさを「撮ったー」と思っていたのに、そこに日付が・・・。ご両家の皆様申し訳ございません。

Dsc00592_3 見て下さい、あのガラス、一瞬前は真っ白だったんです。いきなり透かしガラスの向こうからシェフ達が現れる演出に、私を含め皆さん驚きました。出てくる料理は派手なものではなく洗練されていて、どちらかと言うと素材の持ち味を生かす料理のような気がしました。 とても好感が持てました。量も多くなく、少なくなくちょうど良い加減で、私は「鱧とホタテの茶碗蒸し」が好きでした。丁寧にスリ下ろしたとうもろこしが生地に入り、ちょうど良い塩加減がダシを引き立てて、まろやかでした。

Dsc00720 Dsc00722 我々会社の者達は、余りの感激に終始泣く者、酒を飲みすぎて熟睡する者等色々でしたが、非常に満足した結婚式を過ごしたようでした。私も十分に楽しませていただきました。ご両人様、ありがとうございました。

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2007年9月17日 (月)

強行軍!太秦映画村→出町ふたば→ロッジ→餃子の満州

Img_1021_2 三連休は台風の影響で、トキドキ軍団は家でのんびり。余りにも暇だったので皆さんの意見を募ったところ、上記強行軍が計画されたのでした。暴れん坊将軍好きの嫁さんが、息子を映画村に連れて行きたいとのこと。ついでに私の大好きな出町ふたばへ行けばいいじゃないと、説得されました。三条から御池通りを通っていたら、昔一瞬名古屋にもありました登山用品店「ロッジ」が見えました。息子が行きたいと言い出し、帰りに寄ることになりました。帰って来てからは、しばらく行ってない塩浜の「満州」へ餃子を食べに行くことで全員の意見が一致。早朝?8時起床で行動は開始されたのでした。

この映画村、昔おばあさんに連れてきてもらった記憶があります。こんなに狭かったかな~。日本昭和村が完全に勝っています。映画の村ですから、比べる対象が違います。でもユニバーサルとも桁違いです。ただ、忍者劇は上野城のものに比べれば演出が凝っていて楽しめましたし、映画学校が面白かったです。時代劇製作現場をコミカルに伝えてくれる様子は漫才王国、関西乗りそのもの。イケました。

Img_1041 左の写真、よく見えませんが幽霊屋敷です。出てきた後、その恐ろしさの余り振り返る息子です。屋敷内で叫んだ「他の人と遭遇したい~!」の名言は一生語り継がれることでしょう。怖さの極限状態で、人は何を喋っているのか分からなくなります。手裏剣投げで獲得したハリセンを持ち意気込んで入った幽霊屋敷でしたが、入口でそのハリセンは係員に取り上げられ、テンションが下がったところで入館し、いきなり時間差脅かし攻撃を受け、その後は惨敗でした。屋敷を出た後は、しきりに映画学校のコミカルな話をし、幽霊屋敷の話に触れないようにしているようでした。その晩はうなされていたような。

Img_1064  この出町ふたばの「豆餅」に出会って以来、何度この店を訪れたことでしょう。いつも店の前には行列が出来ます。むかし私の前に横入りしようとしたオバさんを、叱り付けてやったこともありました。正月の餅は「餅は餅屋に任せろの」言葉通り、このお店に餅を買いに来ます。餅の感触、餡の甘さ、塩味の効いた豆を噛んだときのプチプチ感がたまりません。お土産分とその場で食べる分を買ったら、すぐに東側にある賀茂川の河川敷に出て食しましょう。ちなみに四条の高島屋にも店はありますが、芋ようかんとか他色々なお菓子を選べませんので、ここへ来るしかありませんよ。絶対。

Img_1057_3  名古屋にあった「ロッジ」はイマイチ中途半端な品揃えだったんですよ。店の場所も中途半端で、「駅前アルプス」とキャラがダブってたんで、売り上げ伸びなかったんですかね。このお店は、山好きの多い京都において不動の地位を築いているらしいじゃないですか。息子のニューザック候補がありました。カリマーの25ℓ。雨蓋、ワンロックです。今のファスナーより確実です。普段、ファスナーを完全に閉めてない時もあり、雨が入ったりしてることがあるんです。これだったら閉めてないと、すぐ分かります。そろそろ息子もテント泊デビューの時期ですから、自分で荷物を(DSとか)持たせたいですから。嫁さんが睨んでるんで、防水スプレーとマジックテープを買って店を出ました。

Img_1062 満州に着いたのは、7時半頃。それでも並んでたんですよ。いつもは早く、5時半頃から混み始めて、7時過ぎには待たなくていいんです。6人前の餃子とビールを注文。嫁はチャーハン。なんと息子は味噌ラーメンを頼んでしまいました。残念ながら満州の味噌ラーメンは美味しくないんです。赤だし味噌を入れただけって感じで、息子も少し手を付けただけ。餃子後のタンメンを楽しみにしていた私が残りを食う羽目になってしまいました。しかし、ここの焼き餃子、絶品ではないんですが、また食いたくなるんです。「喜楽」みたいに昔から食べてるからでしょうか?

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2007年8月25日 (土)

花火大会。

Dsc01050_2 今年、わが町の花火大会は雷との競演でした。名古屋方面に落ちる稲光と花火が、同時に夜空を飾る景色はなかなか夏を感じさせる風景でした。息子は私のワンセグ携帯で「ちびマル子」と「サザエさん」を見て、後は夜店が楽しみなだけ。 喉が渇くのに、ひと口カステラとか買ってました。半分過ぎた辺りで、雨も降ったり止んだりと、はっきりしないので、早めに帰りました。帰りの駅から見えた最後のスターマインは遠くからでも凄く大きくて、良く見えました。夏も終わりだな~。

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2007年7月29日 (日)

津島天王まつり、感激。

Img_0866 月夜の夜に、ロウソクの灯が入れられた提灯が400個。その提灯が夜空にゆらめく情景は、想像をはるかに超える美しさで、私はその夜幽玄の世界に浸ったのでした。

土曜日に特別なお招きで、津島市の天王祭りに招待していただき、最高の桟敷席で祭りを拝見することができました。こんな近くに、こんな素晴らしい、こんなお金の掛かったお祭りがあったなんて、全然知りませんでした。この祭りの内容、特に山車は祇園祭や高山祭りに匹敵します。山車と言っても船に乗せられたものです。このお祭り、その規模こそ前者にはるか及びませんが、もっと知名度があってもいいんじゃないでしょうか?水上の祭りとしては、大阪の天神祭り、広島の厳島神社の祭りと並ぶお祭りとのこと。池を取り囲むように、桟敷席が用意され、池を渡る涼しい風がそよそよと吹きます。そこに座り酒を飲み、食事を頂く醍醐味は何にも変えがたい価値がありますよ。池には桟敷船も浮かべられ、間近で山車や花火が見れますが、私の居た桟敷席で十分です。500年以上続いている祭りですが、お金が相当掛かっている割には地元産業、特に以前は繊維産業が衰えた西尾張地区は集金力が不足しており、存続が危ぶまれているとのこと。なんとか続いてもらいたいです。

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2007年7月21日 (土)

倉敷で観光しました。

Img_0752 倉敷に行ってきました。親戚のお見舞いに日帰りの予定でしたが、嫁さんと子供は倉敷経験無しでしたので一泊しました。

あいにく台風が迫り天候は最悪でしたが、その分観光客は少なく、宿もすぐ取れました。「鶴形」という料理旅館で、美観地区の真ん中くらい、ちょうど大原美術館の前にありました。建物は築200年以上とのことで、歴史を感じさせる造りです。ただ部屋も風呂も小さく、料理旅館と銘打つ割に料理もイマイチでした。まあ料金なりの旅館と言うことで、最後は女将の心のこもった態度に全て許してしまいました。

Img_0776 翌朝は早朝の美観地区を息子と散歩しました。台風は去り、その影響はうす曇りの空と風に残る程度でした。散歩する地元の人とすれ違う限り誰も居ない倉敷を歩くのは、とても気持ちが良く、雨に洗われた街は美しい佇まいを見せていました。用水を泳ぐ魚を狙っているサギに出会いました。人を怖がる様子も無く、横目でこちらを見ながら魚に集中している姿に人間味を感じ暫く狩を見させてもらいました。”土産屋の閉まった町は静かでイイでしょ。”そんな会話が出来たような気がしました。戻った宿でいただいた朝食は、歩いて腹が減ったせいか非常に美味しく頂けました。

Img_0775 開館直後の大原美術館は名画を十分に楽しめる静けさで、セザンヌもマチスも朝の空気の中で見たからか、より光が溢れるように見えました。裏路地から向かったアイビースクエアでお茶を頂き、一息入れて帰路に着きました。とにかく車で岡山は遠いんです。せっかくの朝の気分も、家に着く頃にはまったく消え、疲れだけが残ったのでした。

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2007年6月26日 (火)

和合に完敗。

Photo_1  名古屋ゴルフクラブ・和合コースへ行ってきました。中部地区ゴルファーの憧れ、あの「東海クラシック・中日クラウンズ」が開催される和合です。ある方のご好意で本日を迎えることができました。ありがとうございます。残念ながら本日の天気はあいにくの雨。さらに、かなり遅めのスタートでしたので、プレーする人はまばらで、貸しきり状態でした。しかし、なんと言っても和合ですから、これが一生うち最初で最後のプレーになるかもしれません。雨だろうがなんだろうが、とにかく1ラウンドすることに意味があるのだと思いプレーしました。

さすがにコースの難易度は非常に高かったです。ワンホールごとの広さはあるのですが、いわゆるファーストカット自体は非常に狭く、ラフは長めで深いのでより慎重なショットが要求されます。大抵左右どちらかにOBがあり、引っ掛けやスライスは命取りです。グリーンはほとんどが砲台になっており、周りに数個のバンカーが待っています。しかも、その顎は非常に高く、ボールは出にくいです。グリーン周りは芝が刈り込まれ、狭いグリーンの最適な場所にボールを落とさなければ、バンカーかフェアウェーに落ちて行きます。私のような未熟者は、常にグリーン手前50ヤード程度までボールを運び、そこから転がすような作戦を取ることになってしまいます。今日は雨でグリーンの速度は遅かったのですが、それでも非常にデリケートなボールタッチが求められ、芝目とアンジュレーションを読み間違えると、ボールはとんでもない所へ行ってしまいます。

名門ゴルフ場に感じる、質実で落ち着いた雰囲気。設備はどれも古いですが、とても手入れが行き届いており、メンバーの方々のクラブへの思いが感じられます。久しぶりのゴルフを、こんな素晴らしいゴルフ場でプレーできたことに感謝します。

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2007年5月26日 (土)

初夏の運動会でしたが・・

Dsc00911 私の小学生時代の運動会は、一種のお祭りだったような気がします。また別の意味で「運動」会でもあり、自分の競技に汗を流しながら取り組んだ記憶があります。私の頃は、他愛も無いことですがジュースやお菓子を売っていたとか、自分の参加する競技意外は決まった席に着いている訳でもなく、校内のあちこちで遊んだり、親の所へ行ったりしていたりとか、また競技もパン食い競争や借り物競争等微笑ましいものがあったりして緊張感のある競技間にユルさを作っていたりしてたんですよ。「運動」会と言う意味では、最後の全校リレーなんか皆が一体となって応援し真剣に走ったものです。今はなんとなくメリハリがなく、キャンプ用のターフの下でお父さんお母さんが談笑していたり寝ていたりして(私もそうですが・・)、運動会なのか何なのか分からない状況なんです。ナーんとなく過ぎて行った運動会、これで良いのか!

息子はそんな運動会でも、自分が居た「赤」が勝ったと喜んでおりました。・・何でもいいか。

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