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2009年9月29日 (火)

伊吹山の懐へ。伊吹山・笹又道。

P1010225_3  森を歩いていると、標高700メートル辺りからミズナラやブナが見えます。花や紅葉の季節を外れてるからでしょうか。この登山道はとても静かですねー。あの賑やかな伊吹山とは思えません。伊吹山と言えばスキー場からの登山道しか思い浮かばなかった私は未熟者でした。最近になって伊吹山の登山道はスキー場からだけではないことを知りました。そのひとつがこの笹又登山道。南のスキー場側が伊吹山の表とするなら、笹又道は裏側から。ちょうど伊吹山の北側を歩きます。植林を抜け、時折見せる自然林の素晴らしい雰囲気にハッとさせられます。トップシーズンの花の種類も、こちらの笹又道が多いと聞きます。

P1010133_2 P1010131_2 登山口のさざれ石公園については次回の記事で紹介しますが、とても興味深い場所でした。ただそこに車を置いたのは失敗でした。さらに農道を行くと、もっと上の方に整備された駐車場があったんです。さざれ石公園に寄った後は、もう一度車に戻って上の駐車場に車を置くべきでした。上の駐車場まで、かなりの距離です。立て札に、これ以上先は行き止まり云々書いてあって、それに惑わされたんです。下山時にうんざりしました。くねくねした農道を登山道的道を通ってショートカットしながら進みます。ふもとからスカイラインが見えているんですが、本当の登山道にはまだたどり着けず。このときには知らない上部駐車場にすらまだ着いていません。右の写真は素晴らしいショートカット道。石積と竹林に癒されます。道路の足元には、たぶんオンシーズンなら素晴らしい花が咲き乱れているはずの草たちが生息しています。

P1010151_2  冒頭に書いた自然林は素晴らしいです。この笹又登山道は昔はかなりの藪道だったらしいじゃないですか。今は山岳会の整備でとても快適な道になっています。そういえば登り始めの道路脇には日本山岳会東海支部の播隆上人の碑が水場と共にありました。この登山道の最初の方の急登は、もとからついている仕事道をたどってるんでしょうがないでしょう。途中にはさざれ石の混じる石積で囲った休憩場所も作ってあって、一本取れます。その前に何本も休憩してるんですが・・。さあ先に見えている明るい場所は、尾根筋の開けたすすき野です。

P1010162  風ですすきが穂を揺らします。もう秋が始まっているようです。大きな雲が上空をどんどん流れていって、朝に比べれば日差しも差してきました。もう下山してきている初老の男性とすれ違いました。朝は全く視界が効かないほどガスっていたとのことです。

P1010164  スカイラインの下20メートルほどをトラーバースしていく登山道。こここそ笹又登山道のハイライトです。木の生えない岩肌の見える斜面を高原植物が覆います。その中を登山道が続き、この風景の中を歩いていると北アルプスを歩いているような錯覚におちいります。後で山頂の博物小屋のおじさんに教えてもらったイブキレイジンソウ等たくさんの高山植物が咲く花道。渡る風が最高に気持ちがイイです。ここまでの苦労と汗が飛んでいきます。

P1010176 北尾根縦走路との合流地点。「静馬ヶ原」と呼びます。写真上部へ伸びていっている道が北尾根道です。県境稜線を歩き、国見峠までどれくらいあるんでしょう。見えているピークから降りてくる斜面は、息子のいる辺りを底に再び伊吹山に向けて駆け上がっていきます。この鞍部のゆったりとした景色を息子も気に入ったみたいです。息子が撮っているのは、南へ伸びていくスカイライン。「まだあんなに道路を歩かなあかんのや」と言いながらパチリ。

P1010185 P1010191  先ほどの静馬ヶ原からスカイライン道路に上がって、約2キロ弱歩きます。スカイラインに車は少なかったのですが、駐車場には結構な台数の車。ここからは南側の遊歩道で快適頂上散歩です。

P1010208_2  登頂!山頂の展望は効きませんでしたので、ヤマトタケル像との記念撮影も早々に切り上げ。早速お目当ての小屋の食事。たいしたものはありませんが・・

P1010198  息子、ぜんざいが売り切れだったのでガックリ。別の小屋に行くのも面倒なのできつねうどんを注文。これが山菜ものったボリュームたっぷりのうどんだったので、息子も気を取り直しました。やや甘い田舎風の味付けでした。温まった体は座敷で横になると、寝てしまいそうになる心地よさ。ビールは自制。息子も寒いのでソフトクリームは要らないとのこと。

P1010209  静馬ヶ原を下りま~す。ってちょっとお話を飛ばしそうに・・。実は頂上駐車場からスカイラインを歩こうとしたら車が多くて側道を歩くのも危なかったんです。息子も単調な道路歩きを避けたい様子。それで駐車場に戻ってヒッチハイクしたんです。子供を連れてると和やかに話せます。短い距離ですが乗せていただきました。カローラ・ワゴンの年配ご夫婦は名古屋ナンバーのとても良い方でした。お礼に、大きいレンズを付けてカメラを構えてる人たちはイヌワシの撮影をしている人たちだとか、笹又登山道や北尾根道のことを説明して差し上げました。とても喜んでいただいて、息子はミカンを頂戴しました。下山途中に食べましたよ。う~ん美味しい。親切にしていただいてありがとうございました。

Rimg0038  キオンですか?とても沢山咲いていました。トリカブトとイブキレイジンソウは間違えそう。花の名前は苦手ですが、花を見るのは大好きです。この伊吹に来て一番反省したのは、山の花について勉強不足なことです。伊吹山に来て、花のことを知らないのは、山の魅力を十分に堪能してるとはいえないですよねー。次回までに勉強してきます。

P1010241  帰りに寄った春日モリモリ村のお風呂は、こんな立派なのに大人400円、子供200円と破格の安さ。どうしてもっと満員にならないんですか?二人でゆーっくり入らせて頂きました。
 今回の伊吹山は表の顔とは違う伊吹山が見れました。この春日モリモリ村の辺りもそうでしたが、アプローチ途中の村々は山中の田舎らしい風情でとても落ち着いています。最後のバス停の古屋には「海戸神社」があり、鳥居の横から湧き水が溢れています。この周辺には伊吹山からの湧き水が多いと聞きます。豊かな自然を感じることのできる静かな登山道。次号でご紹介する歴史の話。伊吹山はとても懐の深い、やはり百名山たる素晴らしい山だったんです。地図を持って、「さざれ石公園」の名前だけ確認して家を飛び出してきましたが、思いがけず良い山行になりました。あ~山はいいなぁ。

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付録(伊吹山の懐)。さざれ石公園、揖斐川町・笹又。

P1010227_3
♪さーざーれ~ いーしーの~、
 いーわーおーとーなーりて~♪

ここは国歌「君が代」発祥の地、揖斐川町・笹又。今まで何を歌っているのか気にも留めなかった君が代ですが、「さざれ石の岩音鳴りて」と歌っています。ここは日本で唯一「さざれ石」が産出される場所で、「君が代」 がまず和歌として歌われた場所なんです。今回は伊吹山登山口で出会った「さざれ石公園」をご紹介します。

 君が代発祥の経緯は写真をどうぞ。またそれを世に知らしめた小林宗一氏の功績を讃えた碑の写真もどうぞ。
P1010125_2Rimg0003  特に気になったのは、小林宗一氏の経歴で、「三重県菰野町の見性寺で勤学修行」とあるところ。知ってますよ。見性寺は菰野藩主土方家先祖代々の墓を守る由緒正しき禅寺で菰野駅の南側にあります。へぇ~そうなんだ。昔聞いたことがあるんですよね~。菰野町の関係者の人が菰野町に縁のある岐阜の人の碑を定期的 に訪ねてるって話を。記憶が繋がってきたような・・。それから先日のお金明神探索にも関係してくる木地師、惟喬(これたか)親王、君ヶ畑など、西尾本フリークには聞き 逃せないキーワードがずらり。惟喬親王は弟との天皇後継争いに敗れて鈴鹿山中に籠ったんですが、家臣の藤原石位佐衛門は「君主、惟喬親王は永遠なんだぁ~」と歌ったのでしょうか。君が代の一般的な解釈としては、「君」は天皇を指していることになっていますが、元々は家臣が主人を歌った歌だったのかも。この地への訪問は、何も知らずにやってきましたが、わたし的には大発見の訪問となりました。(かなり年寄り臭いです。)

P1010126  WIKIによると、国歌としての「君が代」は最近になって法制化されて議論となっていますが、実際に使われ始めたのは明治初期。「日本が開国した時点において、外交儀礼上欠かせないものとなっていた。」とのこと。「古今和歌集」に詠み人知らずとして載っていたものから明治政府によって海軍歌として選定されました。和歌にメロディーをつけるのに相当苦労したそうです。そうですよね、もともと音階をつける前提はないんですから。

P1010230_2 P1010232  柵に囲まれたさざれ石の横には元中曽根総理の筆で「君が代発祥の地」と刻まれた碑があり、またこの奥の大堰堤にはポップアーティスト日比野勝彦の絵が壁面いっぱいに描かれて います(だいぶハゲてます)。この場所周辺が「さざれ石公園」として整備されていて、粗末ながら記念館もありました。みなさん是非ご訪問を。揖斐川の鮎ヤナ と「谷汲さん・華厳寺」参りとのセットで来て、本文のモリモリ村に寄っていくのが西美濃の醍醐味満喫ツアーです。鮎ヤナは「岡島ヤナ」へどうぞ。

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2009年9月26日 (土)

私の山カメラ事情。Panasonic FT1、DICAPAC、ULTRA-POD。

Img_0082   Panasonicのカメラは初めてです。でもこのカメラのVario-Elmarレンズは二度目なんです。昔このレンズのついたLeicaの銀塩コンパクトを持ってました。ILFORDのモノクロ・フィルムを入れて、街中でよく遊んだものです。まぁコンパクト機用の簡易レンズなんですが、光を良いタイミングで捕えると思いのほか良く撮れました。結婚式の前撮りって、今もやってます? 昔、嫁さんの前撮りのスタジオに持ち込んだそのLeicaで、入口が開いて光が差し込んだ瞬間を狙って嫁さんを撮ったんですが、それがとても良く撮れてて思い出の写真になってます。

P1010014_2  このFT1は、Vario-Elmarレンズとは名ばかりで、アジアで作ってLeicaブランドの名前を付けてるだけでしょうけど、一応そのレンズの特徴は残ってて、上手く光を捉えるとちゃんと撮れてます。それから先日の熊野川でこそ試す機会だったんですが、iAモードをまだ使ってないんで今度試してみます。良く撮れるらしいんです。それよりもこのカメラの凄いのは、ハイビジョン動画が簡単に撮れてしまうところ。すでに熊野川の動画をご覧いただいてますが、その鮮明な画像は今までのMPEG等とは一線を画します。家のテレビでも鮮明に見えるんです。凄い。でも欠点があるんです。編集に全く向いてないんですよね~。一部動画専用ソフトは対応しているらしいですが、どれも安定しないようです。同胞のメーカーソフトは使い物になりません。まずもって昔からメーカーの同胞ソフトって、なんでこんなに使えないんですか? パソコンでAVCHD動画を見るには同胞ソフトを使うしかないんで、とりあえずインストールしましたが、これがなかったらすぐに削除したいです。メーカーは一生懸命良いカメラを作っても、付属品でカメラの価値を落としてますよね。 PHOTO:伊勢神宮参道

P1010123  動画編集はさておき、このFT1の防水・対衝撃能力のおかげで山でストレス無く使えて動画も綺麗なら、これ以上文句は言いません。今まで水辺ではIXY 900ISを防水ケースのDICAPACに入れて使ってたんですが、レンズ・ケースにケラレるし、DICAPAC自体が少し大きいんでポケットなどに入らず、いちいち雨蓋に入れたりしてシャッターチャンスを逃してたんですよ。かなりハードに使うんで、レンズケースもこの間の愛知川で傷が入ってしまいました。回すと外せるそのレンズ・ケースにはゴムのカバーが付いてたんですが、それも何処かにいってしまったみたいです。FT1はザックの肩ベルトにつけてるカメラケースにも入るし、便利に使えそうです。サッと出して直ぐ撮れることが写真の命ですよ。DICAPACもよく頑張ってくれました。3代目でした。先日の熊野川が最後の活躍だったのかなぁ。

Img_0103  最近の単独行で自分撮りに使っていたミニ三脚のultra-pod。紛失してしまい新たに購入しました。以前は安っぽい青色だったんですが、こんどは一応確かめて黒を購入。たった50グラムしかないのですが、よく働いてくれます。山の中というのは安定感のある場所というものがないので、こいつがカメラを固定してくれます。さらに足に付いているマジックテープで木の枝などに結びつけることも可能で、高い位置からの撮影もできます。最近のカメラにはほとんど手ぶれ補正が付いてますが、スローシャッターを切りたいここぞという場面には、やっぱり三脚が必要です。三脚を使うと驚くほど鮮明に撮れますよ。こんなチビでも役に立ちます。

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2009年9月23日 (水)

熊野川詣(もう)で。田戸~志古。

P1010064_3 ただいま岩のトンネルをカヌーで通過中です。江戸時代の慶長年間に大地震で落ちた大岩、墜落岩と岩壁の間にできたトンネルはやっとカヌーが通れる程度の幅。透き通った水がエメラルド色に反射します。
 昨日はN森君の誘いで熊野川へカヌーツーリングです。コースは瀞峡の田戸を出発し、熊野川本流との出合から少し下流の志古まで。マップポインターでは 22.6キロメートルでした。始めは息子のことを心配していたのですが、最後は私がバテバテ。チン(沈没)を繰り返したドタバタの船旅。さてその顛末は如何に。(本日の写真は、ほとんどがH場君が私のカメラで撮影。私には写真撮影の余裕がなかった?)

P1010073_2  熊野川のことを語るには、まず熊野古道について。熊野古道とは、熊野権現を祭った熊野三山に参るための道です。単なる道ではなくその道を歩いて修行を積んで三山に詣でた道なんです。小山靖憲著「熊野古道」岩波新書によると、「・・熊野詣が盛んになる平安時代後期に、本宮・新宮・那智が一体化して、熊野三山と呼ばれるようになる・・」とあります。紀伊路、伊勢路、そして大峰を通った奥駆道が有名な古道の3ルートですが、メインは紀伊路だったようです。京都を出発して、大阪、和歌山市辺りを通り、田辺市から山中へ入り熊野本宮に至りました。そしてようやく熊野川がでてくるのですが、紀伊山地最奥にある熊野本宮から沿岸部の新宮に行くのに熊野川を使いました。余りにも山が険しいこの地域では、昔から熊野川を使って人々は行き来していたのです。今もこの辺りに住む人は、岸を渡るために渡船を使っています。いまはエンジン駆動ですが、平安時代は人力です。下りは良いですが、昇りは大変だったようです。

パドルさばき、なかなか様になってます。

Img_0043_2  写真はH場君の決死の撮影。今回のルートで最大の難所?「大瀬」を通過中の自身目の前。早瀬の真ん中です。カヌー初体験なのに操作不安定な競技用艇を操り、なんとか撮った 一枚。指まで画面に入ってます。なかなかやって来ないと思ってたら、こんな写真を撮ってたんですな。私のカメラで。(爆)
 再び岩波新書「熊野古道」は藤原忠宗という貴族が熊野川をさかのぼった記録を紹介しています。前日の大雨で増水した熊野川を前にして、「朝の6時ころ乗船。川霧が立ち込め早瀬も見えない状態であったが、舟指下人(フナサシゲニン)の意見にしたがい、流れに棹さしてのぼりはじめた。≪舟指ら棹を指し、舟に伏して音を上げ大呼す。指舟の体、誠に以て絶妙なり≫船頭たちが船底に倒れんばかりに身を屈し、大きな掛け声もろともに漕ぎのぼるさまを、宗忠は巧みに描写している。」とあります。写真のような弱い?瀬でも凄い勢いで川は流れています。昔の人って凄いですよね。

P1010044_2 P1010060_2  カヌーを出発地点田戸に置いてから、20キロ下流のジェット船発着場に車をデポし、ジェット船で田戸に戻ります。駅にいた熊野のキャラクター「ヤタくん」と出発時間まで遊びました。サッカー日本代表のエンブレムが「ヤタカラス」なのは説明不要。ジェット船は最高に気持ちイイです。水面を高速で滑るように走るんです。大型船なのにカーブではバンク(傾斜)して、迫力ある走りが楽しめます。館内の説明もN森君推薦通り、なかなか興味深い。(動画アップ予定)

傘を被ったオールドスタイルの鮎釣りオジサンは、あっと言う間に過ぎていきました。それからジェット船の屋根が開いてきたのにはビックリ。N森君とH場君はナイス・タイミングでお出迎え。息子も大喜びでした。

Img_0008  私の記念すべき初チン(沈没)。見事、H場君が私のカメラで撮影。田戸で暫く練習してたのですが・・。「危なそうだったので、ピントを合わせて構えてました」とは用意のいい奴です。ロデオタイプも載せてもらいました。乗って直ぐだったです。転覆からのリカバリーが大変ですが、初めてなんで何でも楽しい。

Img_0002  息子も器用に競技艇を操作。

Img_0020  それでは、出発です。2,3年前にはシーカヤックで島から島を巡って瀬戸内海を横断したことがあるんですが、そのときのカヤックは、安定度抜群で相当な波がきても平気でした。操作も簡単。今回のN森君のカヌーは、どれも競技志向のもので操作が難しいです。でもその分面白いんですよ。この2人艇も本気で漕いだら凄いスピードなんです。息子と私ではチンしまくり。カヌーがスポーツであることを実感できます。水も綺麗で、天気もイイし、本当に気持ちいいです。

P1010072_2  熊野川の大自然に抱かれて進むリバーツーリング。沢山の方が河岸にキャンプをして、釣りやカヌーを楽しんでいます。ジェット船が凄い勢いで走っていくんですが、こんなに鮎釣りの方が見えるということは、釣れるんですよね~。きれいな清流だったら、ジェット船が走ろうが鮎は川に住むんです。私のヘタなカヌー運転で、沢山の釣り師の方に迷惑かけました。ごめんなさい。

P1010067_3P1010066_3  N森君はこの熊野川で毎年行われるカヌーマラソン大会で優勝もしている凄いカヌーマン(カヌーイスト?)。今年は息子さんと2人艇で出場して親子部門?優勝もしています。昨年から私と山にも行って、毎週テニス。大したスポーツマンです。下の廊下も楽しみにしてもらってます。

P1010094  H場君の姿が川面に映るほど流れが緩やかなところもあるんです。こういうところならスイスイとカヌーを進めることができるんです。H場君も自信満々。なかなかこの人も運動神経あります。私のブログを参考に写真の腕前も上達したのか、今回はイイ写真を撮ってくれました。でも息子の写真を撮ろうとすると必ず間に入ってくるんです。邪魔です!

ちょっと調子に乗ってるんでは?

P1010097  さあ、いよいよラストスパート。体重が軽いんで笹舟のように流されて、厳しい瀬でも一度も沈没せずに降りて来れました。最初の瀬ではバックで流されて、自分でもビックリしてました。舟に胸まで入って重心が低くなってるんで安定度が良いらしいです。うるさいオヤジが後ろに居るより一人の方がかなり楽しかったらしいです。

Img_0066_2   P1010075  そのオヤジは、腰が痛いと休憩中は河原に伸びてました。長時間の無理な姿勢はかなり腹筋背筋に来ます。このブログを書いている本日も、体の前と後ろ肩が筋肉痛です。良い運動になりました。息子も珍しく肩が筋肉痛のようで、嫁さんにシップを張ってもらってました。ひ弱な家族です。親指の付け根も擦れて痛い。後半は沢用の手袋でカバー。
 その横で息子は石投げを練習。何回跳ねたかな。

P1010102 到ちゃ~く!やっと着いて、ガッツボーズも中途半端なくらい疲れたみたいです。ご苦労様でした皆さん。

P1010084  終わって、近くの温泉「熊野川温泉」に行きました。夕暮れの熊野の山を露天から見てゆっくり。次、来る時は、見えている子ノ泊山へ詰め上がる立間戸谷へ沢登りに来たいですね。「中華鍋」と呼ばれる滝があるそうです。
 こんな楽しいリバーツーリングをN森さんありがとう。このスポーツの醍醐味の一端を味わえた気がします。もっともっと奥が深いんだろうなぁ。また連れてきてください。息子もまた行きたいと言ってました。ホントは前日伊吹山へ行く予定だったのを止めて、こちらに息子も来ることになったんです。息子までお世話になって申し訳なかったです。でもホントに来てよかったです。H君も息子の面倒を見てくれてありがとう。写真もね。

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2009年9月17日 (木)

TrekkingMapEditorの使い方。

Photo_2  今日はTrekkingMapEditorのご説明。地形図の印刷は電子国土のデータが自由に複製できるようになっても何かとハードルが高いです。カシミールも不鮮明ですし地形図としての印刷自体に使い勝手が悪い現状では、HaikinngMap25の後継であるこのソフトへの期待は相当大きいようですね。私も色々と利用させてもらってます。
 今日は以前からTrekkingMapEditorをこのブログでご紹介してきたのがご縁で、お問い合わせが多く、ここで一番多い質問の二つを説明致します。

①印刷レイアウトの縦、横
Photo_4
Photo_5
コースや地形の形状などによって変更したい縦、横のレイアウトですが、下図のように、
Photo_6 ファイル>プリンターの設定
で出たウインドウの右下にある「印刷の向き」で縦、横を選択してください。

②印刷配色の変更
カシミールより鮮明に印刷ができると聞いていたが、そうでもないとお思いの方は、等高線の配色を変更して、プリンターの印刷品質を最高にしてください。配色を変更するには、
Photo_7 まず、地図の拡大を最大にして、マウスポインターの先端を等高線に合わせてください。するとウインドウの下にあるステータスバー
R=206 G=165 B=057
と出ていると思いますので、これをメモして置いてください。
Photo_8 次に
設定>出力設定
で出たウインドウで配色変更のフリップに
0→「背景」、1→「文字」・・
などの名称が出てなければ、右の「配色変更初期化」を押してください。
フリップの2に「等高線」と出たら、
変更→変更
の左の茶色の長方形(赤丸で囲っている方)をクリックして、色の設定ウインドウを出してください。そこの一番右側に三原色RGBの数値入力欄がありますから、先ほどメモした
R=206 G=165 B=057
を入力してください。これで変更前の等高線の色をプログラムに認識させる作業が終わりました。初期設定、デフォルトの状況では等高線の色は印刷設定に反映していません。あくまでも作者のご好意で公開されているフリーソフトですから。
次に、青で囲ったをクリックして変更後の色を使用者のプリンター環境に応じて指定して下さい。パレットにある色をクリックしてしても良いですし、その色の数値から自分の好みの色に変更しても良いです。もちろんRはレッド、Gはグリーン、Bはブルーです。ちなみに私はR=130 G=105 B=0
としています。これだと等高線が詰まった箇所がやや見難いかな。でも初期状態より俄然見やすくなって、本物より良いかも?

 あと出力設定で面白いのは、縮尺の変更ができること。2年越しの計画、下の廊下のコースは2万5千分の1地図には収まりませんが、5万分の1地図にするとギリギリ収まります。これをN森君がシルバーウィークに計画してくれた熊野川カヌー下りの地図も5万分の1地図で作成してと比べると、いかに下の廊下が長いコースかがビジュアル的に見れて面白いです。それほど地図読みの必要の無いコースでも、地図はやっぱり欲しいです。でもコースに合った地図って無いんですよ。そんな時にこの縮尺変更機能って使えます。意識の中で距離感の修正は必要ですが。
 数十年前は2万5千分の1はなくて、5万分の1地図が登山地図の主流だったんですよ。先人は凄いですよね。

Img_0131_2

  Img_0079  それから前にも紹介しましたが、ダイソーのクリアポケットは封も出来てとても便利です。サイズも色々で、隅をセロテープで塞げば防水状態になって、しかもかさ張らず、遡行図もポケットに入れて持っていけます。(セロテープで補強する時は、よく空気を抜いてください。)これで100円は安い。これなら泳ぎの多い愛知川の沢でも大丈夫です。
 右は奥村氏の絵地図です。遡行図は亀@氏のを地形図の裏面に入れてます。亀@氏の遡行図もホントに凄いです。今は参考にさせていただいて、自分なりの遡行図を描く練習中です。最近のご本人は燃え尽きて見えるのでしょうか。

Img_0408  GPSの映す地図によってリアルの地図の出番が減るかなって思ってたんですが、逆にリアルの地図も良く見るようになりました。現在点がある程度の精度で分かってくると、より積極的に地図読みをするようになります。GPSの誤差を探したりするのも楽しいです。両方の良いところを活かすと、とても有意義な山行になります。もっともっと山に行きたくなって、困ります。

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2009年9月13日 (日)

愛知川は不滅です。愛知川・谷尻谷、お金明神。

Img_0462 天狗滝の大瀑布に挑むN森君。圧倒的な水圧に耐えて見事完登。落ちたら、怪我では済まないです。夢に見た愛知川遡行で、いきなりのアクロバットに拍手。この間まで上腕筋断絶だったとは思えません。(ちょっと脚色?)
 今日は雨の愛知川遡行となりましたが、N森君とH君の二人と一緒に盛り沢山の内容で満喫の一日。朝明から羽鳥峰、ヒロ沢から愛知川に入り、核心部の天狗滝を通って谷尻谷へ。そしてコリカキ場から聖地「お金明神」に登拝。再び本流へ戻っての遡行は短いながら「大瀞」を通過。最後は下水晶出合の吊り橋でスリル体験。帰路は中峠の急坂を下るロングコース。歩いて、歩いて、足が棒になるまで楽しみました。

Img_4231_2Img_0463_2 天狗の滝裏に回りこんだH君は、凄い水しぶきと轟音の中、何を祈るのか?・・すると突然に飛んで滝の表側に突き抜けて行きました。物凄い水圧にぺしゃんこになったH君の首は短くなったのでは。
 天狗滝の淵はかなり埋まって残念ではありますが、大岩壁に囲まれた空間に、愛知川の主役としてその川水を集め、一気にを落とす存在感に魅力は衰えません。皆で「愛知川復活ファンド」を募りませんか?

Img_0483  谷尻谷の入口で記念写真。人の出入りを拒むかのように通せんぼする2すじのチョックストーン8メートルは彼らの後方。以前こちらの記事でご紹介しましたが、両側から迫る20メートルを越す岩壁。改めて眺めてみてもこの入口の険峻な様相っていいですね~。天狗滝の余韻が、まだ覚めやらずでこの谷に出合います。

Img_0487  一旦本流に戻って谷に向って右側のルンゼを登りこの谷に入るんですが、今はかなり落石の危険が高まっていて慎重な通過を要します。昇りながら左側を見てないと、下降点への道筋を見失いそうで注意。登ったルンゼからCSに下降するにも懸垂で降りるほどではなく、トラロープがあるんですが、これがまた少しヒヤヒヤで堪りません。この谷はスタートから危険な雰囲気を醸し出し、冒険心がかきたてられます。

Img_0497_2       7mチョックストーン。滝芯を登れないか探りましたが、我々の実力では無理。写真の左に見えているクラックも最後のホールドが見つからずズリ落ち。さらに左側のラインから怪しく動く突起に勇気を持って足を掛け、なんとかよじ登り。いつも最初に登らされるんで、ワン・サイトした後続の二人は楽々登ってくるんですよ。みっともないクライミング姿に反省。体重もっと減らします。

Img_0506  N森君、買ったばかりの沢靴をやたら見せたがります。でも色が納得いってない? それから、そうめんの準備はしてきませんでした(爆)。V字の溝が4メートル。でもちょうど良い具合に川水が流れていて、そのスピードもそうめんをなんとかキャッチできそうです。私は最終地点でザルを構え大盛りで頂くつもり・・・。冗談はさておき、ここまで愛知川流域が汚れてくると川の浄化能力にも限界があります。ラーメンの捨て汁や、それこそソウメンを作って見える方も見えますが、茹で汁や洗い汁、つけ汁の処理、みなさんどうなさっているのでしょうか?この流域では間違っても川や山に捨てないで欲しいです。清流を守りましょう。

Img_0518_2 Img_0527  「頭を冷やして来い!」。私が言った訳ではありません。突然岩堤の滝に頭を突っ込むH場君。いきなり何をするの?とN森君も振り返り。この滝はちょうど堰堤のような形になった岩壁から滝が流れ落ちます。上手いネーミングですねぇ。

Img_0540  谷尻谷が分岐するところに「コリカキ場」はあります。コリカキは「垢離掻き」、お金明神参拝の前に身を清めるところです。永源寺の佐目から相当無理のあるコースで登拝したそうですから、文献にはありませんが修験の道として厳しい山中の歩き、最後ここで遠路で流した汗を洗い流し清めたと想像します。二条の滝が北谷尻谷の流れで、二人が半身浸かっている上谷尻谷の淵に注ぎ込んでいます。コリカキ場の周囲を西尾本では、「この付近の谷畔は広い台地があって素晴らしく気分の良いところである」と評していて、美しい二次林が広がる森は、雨の中しっとりしていて、豊かな自然を守って時間が止まっているようです。原生林ではありませんが、芦生の森のような素晴らしい森です。

Img_0543_2 Img_0544  コリカキ場からお金明神までが、大雨が降ってくるし、難儀でした。コリカキ場南の昔小屋があったと思われる平坦地から南に向うとテープあり。一本目の枯れ沢が昔からの登拝路。それを越えて南東に向うとある小谷がお金峠に向う登山路ですが、その後の崩落などで踏み跡もテープも消えていて、ちょっと周辺を見回しましたが、それらしい踏み跡もないので、その小谷を登りました。これが正解だったものの、急登で20分。足が悲鳴。今度は下って「お金明神」看板がありましたが、そこがお金明神と勘違いし、大杉の生えた岩峰の周りをうろついていたら、横を見ると四角っぽい岩を積み重ねた輪郭を発見。ようやくお金明神にたどり着いたのでした。西尾本にもあるように、お金明神にたどり着くのは簡単ではない?

Img_0546  天狗の面を持つ大岩、これが「お金明神」です。古き時代にこの付近の鉱山から生まれた「お金信仰」。信仰は修験のシンボル天狗から発し、山林に携わる人の安全祈願、鉱山従事者のお金神に変意し、農耕の雨乞いまでもカバーする幅広い信仰を集めていたらしいです。特に鉱山というものは、700年代の天平時 代に奈良の大仏が国中の銅を集めて造られたことからも分かるように、非常に古くから人々が従事していた事業で、もちろん鈴鹿の山の鉱物も古代大和の国に送 られていたとは想像に難くないです。また、鈴鹿の山に無数にある炭焼き釜は、その方面への燃料供給地としての役割を担っていたことも推測させます。

Img_0552 Img_0555  岩の棚には鉄製の鳥居。定期的に参拝は続いているようで、お神酒を供えたお猪口とお銚子。お金の神様だけあって登山者もお参りがてら賽銭をあちこちに置いていっています。また西尾本でも触れていた蛇は見れませんでしたが、周辺にはいくつも抜け殻が見られ、この大岩の持つオーラが信仰の生き物「蛇」を惹きつけているようです。周辺の大杉は、神聖な場所と言うことで信者の方が植林したんでしょうね。
Img_0559  お金明神正面?には掲示物を禁ずる立て札があります。「古来よりここは、お金の森とあがめ、塔尾金大明神さまの神域です。書き記した掲示等、一切禁じます。滋賀県 永源寺町 大字佐目 大字相谷」とあり、『お金峠』や『お金明神』の道標を付けられたフィールドウォークなんとか会の方、タタリがありますぞよ。まぁ、こちらの方も西尾本を読んでやって見えたんだと思いますが、西尾本も言っているように「神の聖なる場所はそっとしておくのが望ましいようである」のです。

Img_0561_3  大瀞の中は余りに岩壁が迫ってきていて真っ暗。昼下がりの日の光がちょうど出口に差し込みました。その逆光に映るシルエット。長い遡行を終えた二人の満足感が伝わってきます。轟音がこだまして二人には声が届きません。でも私の意思か伝わったのか、とりあえず取ってくれたポーズが様になりました。ありがとう。

Img_0562_4 Img_0568  下水晶谷出合にかかる吊り橋です。通れる通れないかは自己の判断です。ただし、もし命知らずで渡られる方は自己責任が原則なのと、吊り橋を渡るときのルール、1人ずつ速やかに渡るを守る。それから足元のバーが一部壊れているところがあります。もう一度言いますが、命知らずで自己責任が原則です。
 これを渡る渡らないで二人はすったもんだ。N森君はどこで橋が固定されてるのか検証してましたが、橋はただ両岸地面に乗っているだけで、ワイヤーはたるんでて効いてないとのこと。H場君もグズグズしてます。何度も渡っている私がお手本で渡りました。後ろで二人は大騒ぎ。私の無事をサイトして?二人も観念したのか、対岸に渡ってきます。二人とも声出し過ぎ!

Img_0571  朝明テント村の下で数年目にオープンし、やってるのかやってないのか分からなかった「三休の湯」。最近ようやく金土日の週末営業に落ち着いたようです。風呂場も外の風景を取り込んで素晴らしいんですが、この囲炉裏端が落ち着くんですよ。お風呂の前後に勧めてくれる庵座谷の水、たまらなく旨い。そして簡単な食事にメニューがイイ。N森君はいきなりスモークチーズとウィンナー、そしてダッチオーブンで焼き立ての焼き芋。私はダッチオーブンで煮込んだカレーうどん。風呂ですごく温まって、美味しい食べ物をみんなで摘んで大満足。ふ~。
 と言うのも、下水晶谷出合からの中峠をへて朝明への道のり、何度も歩いてるんで分かってはいたんですが、歳には勝てずキツイんです。中峠までは稜線が見えていてもなかなか着かずにキツイ。中峠からは、ガレた急降下がいつまでも続いて足が震えてきます。雨で体も冷え切って、体力も限界の中、なだれ込むように三休の湯に飛び込んだんです。朝明に風呂が出来てホントに良かったと、今回はつくづく思いました。
 時には強い雨にも打たれましたが、ほとんどが止んでいて気分良く歩けました。豪快な遡行と鈴鹿の山の森と歴史散歩に、三人とも大満足の一日でした。またコースを変えて楽しみたいと思います。足痛~

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2009年9月10日 (木)

杣道を探して。ツメカリ~フナ峠~白滝谷。

Siratakitumekari「電子国土基盤地図をカシミールで表示:鈴鹿山脈・釈迦ヶ岳の西面部、白滝谷登山道の一部」

 GPSを使って以前から気になっていたツメカリ谷からフナ峠を通って白滝谷へ乗越するルートをなるべく杣道に忠実に歩いてみました。どうしても、谷間の道は崩落しやすく、植林地は伐採や間伐で踏み跡が消えていることもありましたが、先人の付ける道の巧みさには驚かされます。尾根上を試行錯誤的にうろうろしている以外は、ほとんどが杣道です。稜線には沢山の踏み跡があるので、試しに降りてみたのですが、結局ツメカリ側も白滝側も図の2ルートが無理がなく、杣道としてある程度の踏み跡の残る道でした。かなり色んな方が我こそはと紐やテープをあちこちに付けて、中にはこんな強引なルートを?と首を傾げたくなるようなルートにまでテープが張られてました。「フナ峠」も同じで、数箇所の鞍部にテープが張られていました。西尾本には「白滝谷の美しい台地を見おろす鞍部に出る。」とあるので、皆さんその地点を探して歩いたのか、数箇所の小高い場所は剥げている状態です。そんな私も、遠方に国見、御在所を望む高台に寝そべっておにぎりを食しました。

Img_0438  私的には、写真の135番杭がある鞍部、稜線上の西寄りににあるウェイポイントがフナ峠だと思うんです。
 羽鳥峰から白滝谷へ向う手前に「杠葉尾⇔朝明渓谷?」でしたか、白い道標がありますが、矢印の上にホントに小さく「↑ツメカリ谷」と手書きがあります。ここが登山道のウェイポイント。その手前にも、羽鳥峰から歩いてくると黄色テープ。さて出発。アマゴ谷?は登山道と分かれると両岸が立ってきて簡単に渡渉できなくなります。羽鳥峰から来た私は当然左岸にいて、渡渉ポイントを探すとすぐ対岸に登りやすそうな箇所が川のウェイポイント。右岸には赤テープがあります。右岸から渡渉ポイントを振り返ってみると、両岸共に緩やかなスロープで対岸に向け昇り降りしているのが分かります。稜線に向って東側のルート、踏み跡を追います。ほぼ800の線上を歩き、渡渉から小沢へ入ると崩れで踏み跡は消えますが、植林道を追うと、再び踏み跡が現れて簡単に135番杭へ。稜線なのに杭の少し手前が窪地的になってるので、これがフナ峠の舟?とか思ったりします。尾根上の鞍部はどこも草付きで、私もお世話になっているスーパー情報サイト「SawaNavi」では草付きを降りたとありますが、どこの草付きか見分けはつきません。

Img_0443  ツメカリ谷の左岸にある赤テープ。、地図では標高800のウェイポイントなんですが、私のバリゴでは780と表示。
 フナ峠では稜線上を歩き、東のウェイポイントが次の鞍部。そこから北へ非常になだらかな谷でツメカリ谷へ下降。この下降もとても快適です。到着したのが写真の地点。
 ツメカリ谷に降りて、しばらく左岸を見ながら歩きましたが、特に目印があるわけでもなく、820で左岸に上がりさっきの赤テープに向っていたら815のウェイポイントにまた赤テープ。そこからも下ってきた踏み跡方向に道があったので歩くと、今度は別の踏み跡に白テープ。下降してきた踏み跡をクロスして、西側の小尾根に乗りました。これも難儀することなく尾根に上がれました。
 135番杭に戻ると、白滝から登ってきた踏み跡よりも明確な踏み跡が藪に隠されてありました。これにはずっと赤テープ。植林の小尾根づたいに降りると渡渉。向こう岸は平坦な植林地で、真っ直ぐ突っ切ってアマゴ谷の渡渉点に到着です。

Img_0385  GPSがあると今自分がどこに居るのかが分かるのが強いです。現実にはもちろん、等高線10メートルには映しきれない起伏が想像以上のボリュームで存在していて、ほんの少しの等高線のカーブを元に起伏を読むので、最後は自分次第です。でもGPSばかり見てると、どうしてももっと詳しく見れないのかと、どんどん拡大したりしますが元の地図は同じなんで、あれってなったりして我に返るんですよ。いけないいけないと、紙の地図に戻るんですが、もう歳なんで見えづらくって情けないです。GPSは中年の味方ですよ。

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2009年9月 8日 (火)

タッチパネルにム、ム、ム!Garmin Oregon。

Img_0413_2    GPSはetrexで十分と考えていたのですが、Oregonの画面の大きさと、i-phone ばりの使い心地には感心しました。Oregonは精度に劣ると言いますが、どうせGPSの精度は信用できないものです。それよりもリアルの2万5千とまではいきませんが、大きくなった画面から得られる情報量は想像以上です。直感的かつストレスのないスクロールとズームを可能にしているタッチパネル。画面に見えている以上に広範囲な情報を自分が得ているように思います。後述する「いどんなっぷ」さんの詳細な地図と合わせて、少し山登りが変るような気がします。

83 340  最初に表示される画面です。英語版ですから当然英語表示。でもいつものように説明書を読まないタイプの私。問題なく使えました。単位の変更も出来ましたし、気圧計の補正もできました。ルート案内も楽しい。近所を車で走りましたが、ログもきちんと取れてました。携帯電話と同じで使わないゲーム等は理解しなくていいでしょう。ところで2chではこのOregon英語版を日本語化する術が話題になっていて、私も読んでみましたがチンプンカンプンでした。そりゃ~日本語表記が良いですが、英語でも実用には困りません。
 右の画面はウェイポイントを表示。いろんな場所をOregonの地図で確かめようと、無駄にポイントを登録してしまいました。うちから藤原岳まで25キロもあるのかぁ。

103 240_2  左がGarmin GPS英語版には、もはや標準といわれているUUD社の2万5千地図。右が前述の「いどんなっぷ」地図です。同じ80mレベルの縮尺で表示しています。一目瞭然で右の「いどんなっぷ」地図が詳細なのが分かります。UUD社の地図の等高線が20メートルにしか対応していないのに対し、「いどんなっぷ」地図は地図読みに必要な10メートルに対応。Garmin社から等高線10メートルに対応した「Japan TOPO10M」という地図が発売されているのですが、高価な上、登山道などに欠落があるようです。また「いどんなっぷ」地図は自分が使用したい地勢図範囲の単位で購入できるので無駄がありません。ただ市街地の地名表示はUUD社が良いような気がします。UUD社の地図はオートルートに対応するよう作られているからでしょうか。≪親切にもいどんなっぷさんから連絡がきて、私のoregonの設定が悪いのが判明。Text SizeでMap Pointを有効にすれば、市街地表示が正常になります。≫Oregonは複数の地図を切替えできるので、私は地形図部分を「いどんなっぷ」地図、市街地はUUD社の地図で設定しています。これでオートルートが使えるのか試していませんが(これからも使わないように思います)、他の理由でも何か間違っていたらどなたか御指摘下さい。≪地形図も市街地も常にいどんなっぷ地図を表示するスタイルに変えました≫

Hotokedani2 (電子国土基盤地図をカシミールで表示)

 Oregonの測位精度って悪いでしょうか?見づらい画像で申し訳ありませんが、御在所岳のふもと、仏谷の遡行をログしています。(ポップアップ画面で拡大画面をご覧いただけます。)勾配で色を変化させています。赤が昇り、黄色が下りです。「自然歩道」の「道」の字の左から「仏谷」の遡行開始。しばらく行くとログが乱れてますが、両側が10メートル以上切り立った廊下が連続していますので、当然の乱れです。後も、ほとんどが谷間で樹林の中でしたが軌道に乱れはありません。赤、黄色の縞線になっているのは林道を歩いて帰ってきているところです。元々地形図にない林道ですが、綺麗な曲線を描いてトレース出来ているようです。≪最新の電子国土地形図には林道の表示があり、地図を差替えました。合わせて、昇りを緑、下りを赤で表示しました。自然歩道と林道部分でログとズレている部分がありますが、ダム湖バックウォーターの橋など地形図に明らかに欠落しているところがあり、ログのほうが正確な道をトレースしていると思われます≫

Img_0344  仏谷の出合に奥村氏のサイン板がありました。「仏谷 H3、12、22 オクムラ」と表記。少し高いところにありましたので、今まで気付きませんでした。奥村氏の絵地図にはありませんが、西尾本にある平坦地からの杣道を下りに歩いてみました。一部例のごとく谷筋で途切れているところもありましたが、悪場を非常にうまく避けた道でした。あくまでも杣道ですが。それからクドイほどテープが巻いてあります。ネコ・笠岳の辺りもそうですが、ちょっと、どうなんでしょう?(GPS要らず?)

関連記事≪GPS地図の見え方。Garmin Oregon。≫

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