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2009年4月19日 (日)

山桜はこの時期に満開。奈良・屏風岩公苑。

Rimg0297_3 山桜の山は、様々な色を山肌に映します。桃、紅、黄、緑。いわゆる平地の桜の名所なら、ソメイヨシノの薄ピンクの単色が木々を染めますが、山桜はツツジなど他の木々と美しく色を競いながら咲きます。
 ここ屏風岩公苑では、古代の火山活動で出来た高さ200メートルを越える屏風状になった断崖、その直下で10メートル以上の巨木の山桜が群れて咲き乱れます。その光景は圧巻なんです。

”山桜、人知れずこそ好写真、山里奥ぞカメラの放列”
(山桜を撮るには、人の居ないところが良いだろうと、山里の奥へ入ったが、そこにこそ、カメラを持った写真マニアの人がいっぱい居て、びっくりしたんだなぁ)

 失礼しました。間違ってませんか?今日は先週、京都で桜を見た影響で、桜をまだ見たいと思ったのですが、とき既に遅く、桜の季節は過ぎていたのでした。それでもと思い、いろいろ雑誌などをめくっていると、「屏風岩公苑の山桜は4月下旬が満開」との情報を得ました。桜に「山」とついたら放っておけないでしょう。屏風岩公苑と言うのは我が三重県の名張市からずっと南部。奈良県に入った山の中、宇陀郡曽爾村にあります。そこから数十キロの吉野・奥千本もまだ咲いてると考えましたが、ちょっとメジャー過ぎて芸がないですよ。人も多いですし。初めて聞く桜の名所は、朝早く行けばだーれも居ない貸切桜ステージだろうと、勢い込んで出掛けたのでした。でもそれは大きな間違いだったのです。

Rimg0342 針ICからどれほど走ったでしょうか。ようやく曽爾村に入り、林道を進みました。こんなに山奥で大丈夫だろうかと思い、すれ違う車も全くない状況では、私達親子だけが今日の山桜に合いに来ているんだと断定しかけた瞬間・・・、目の前に「さくら祭り」のにぎやかな看板と車でいっぱいの駐車場が現れたのでした。ウッソー!
 その場所は、写真好きの方々には余りにも有名な撮影名所だったのです。富士山のダイヤモンドリング並みにカメラの放列が出来ました。高級一眼レフやブローニー、大口径のレンズ群の中、コンパクトデジカメの私と息子がチョロチョロする様は何か滑稽な感じでしたが、皆さん快く場所を譲ってくれたりして、和やかな雰囲気。カメラを始めた新人さんも、先生に連れられて沢山みえてました。つまり、それほどに素晴らしい場所だったのです。

Rimg0203 今日は息子もT9で撮影しました。ここの山桜は珍しく、白味が強いんです。それでいて樹齢が長く、巨木が多いんです。幹の黒さと太さに反して、その花は白く可憐です。息子もあっちこっちから花を撮ってました。見ると、インスピレーションを刺激されるような構図で撮ってるんですよ。
 ゆっくり持ってきたお茶を頂いて、柿ピーを摘んでいると、人が多いのに静かで、時間が止まっているみたいです。桃源郷のイメージはこんなのかなぁ。

Rimg0273  屏風岩の全貌は、私のしょぼいカメラには収まりません。でもイメージは伝わるでしょうか。凄いボリュームの火山岩が隆起してるんですよ。過去に何度も火山活動が続いた跡だそうです。天然記念物に指定されていて岩は登れません。背後には遊歩道が付けられていて、頂上に行けるようになっています。今回は、足の状況も考えて自重しました。頂上から見る山桜も凄いらしいです。

Rimg0403  真っ黒な山、凄いですよね。300名山の倶留尊山の麓、曽爾高原は通年ススキの草原に覆われているんですが、年に一度、3月に野焼きが行われます。その直後に来たんです。この後、一斉にススキの穂が伸び、夏まで一面が緑のじゅうたんに、秋には陽射しに美しく、黄金色に輝くそうです。一度来て見たいですね。緩やかな山塊、1,038mの倶留尊山にひと登りして、温泉と地ビール、旨そうです。嫁さん連れて来て、運転してもらいます!

Rimg0389  もうひとつ登らなければいけない山を見つけてしまったんです。我々親子の前に突然現れた山。不意打ちを食らわせるように現れたので、車を急停車してしまいました。息子も「なんじゃ、あれは~」と叫びました。映画「未知との遭遇」に出てきた山(現実には「デビルズ・タワー」と呼ぶんですが、アメリカ・ワイオミング州に実在します)のようにそびえます。「鎧」と呼ぶんだそうです。(鎧岳でした。すいません)こちら側は、相当なクライミング能力でないと歯が立ちそうにないですが、山の向こう側は緩やかな山容で、遊歩道が付けられているようです。「これは写真で説明しても雰囲気、分からんやろ。連れて来やな。」と息子は、嫁さんを連れてきて登らせたいみたいです。「これは登らなあかんやろ」と、しつこいです。倶留尊山と鎧岳ですか、忙しくなってきましたよん。

Rimg0397 Rimg0405  曽爾高原にある「お亀の湯」です。ここのお湯、お肌しっとり度が凄いんです。温泉施設自体が出来たばかりなので、清潔で美しく、気持ちがいいんです。またいいお湯を発見してしまった感じです。外の露天風呂の眺めも最高。先程の鎧山の緩やかな面を正面に眺めます。思いつきでここまでやって来ましたけど、曽爾村って、良いところですね。キャンプ場も曽爾高原にあります。是非また来てみたいです。

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2009年4月15日 (水)

ええな~、京都一周トレイル。大文字山。

Rimg0047_2   ここからの景色は、京都を我が物にしたような気分にさせます。町の中に島のように浮かぶ森は、平安神宮、御所、二条城、遠くは京都の南玄関を守る二つの本願寺です。地図を眺めているような景色は、じっと見ていて飽きません。標高は頂上から150メートルほど下がっていますが、山が町の際まで迫っているため、京の都が真下に見えて迫力です。
 今日は京都・東山の大文字山へ行ってきました。毎年8月15日の夜、炎で「大」の字を描き、お盆に帰ってくる先祖の霊を迎えます。正式には「京都五山送り火」と呼びます。登ってきた他の方々もやっています。お約束の「大の字」でポーズ。ご先祖様へのメッセージは届いたでしょうか。

Rimg0082 山好きで京都好きの私は、以前から気になっていたんです。三方を山に囲まれた京都の山歩き、「京都一周トレイル」。その名の通り、都を取り囲む山をぐるっとほぼ一周巡ります。トレイルの東山コースは伏見稲荷からのスタートですが、やはりメインを山に持ってきたいので、本日は蹴上から大文字山を通って白川をトレイル。その後はコースを離れ、大好きな「出町ぶたば」のある出町柳まで歩いてきました。またやってしまった捻挫の回復具合を確かめるのと、嫁さんを山に連れ出すのはここしかなかったんですよ。家族でトレイル。桜は既に散り始めてますが、その花びらが舞う京都はさらに美しいです。桜を愛で、平安の山々に抱かれ、歴史を感じながらの山登りに行ってきまーす。

Rimg0003 Rimg0005_2  車は最終目的地である出町の市営駐車場に預けました。あとは地下鉄で移動。三条駅で乗り換えますが、トータル15分程度で蹴上に到着です。駅を出てウェスティン都ホテルの向かい側にあるのが、琵琶湖疎水と岡崎の間をケーブルカーで船を運んでいたインクラインです。別名「ねじりマンボウ」。今は線路だけが残りますが、そこに植えられた桜並木が美しい。すがすがしい京都の朝。いきなり桜の大歓迎です。
 「ねじりマンボウ」から山へ入ります。しばらく行くと、息子が「大がしたい」。出ました。だから駅で「トイレはいいか?」と聞いたのに。好都合にも途中の日向神社にトイレがありました。そこでは「出ない」と言います。もう好きにしなさい!

Rimg0035  予想はしてましたが、京の山道は気持ちがイイですよ。ほとんどが木立のなかのトレイルです。「トレイル」と名づけられているくらいなので、トレランをしている人にも出会います。この季節の爽やかな空気が体を疲れさせないです。平安京が作られた当時、京の町を取り囲む山には、町を忌み悪霊から守るための結界として、沢山の神社仏閣が配されました。修験者達もこの山を歩いたでしょうか。各所に古い社寺の名残が見られます。今この東山コースの真下は、南禅寺、永観堂、法然院、銀閣寺と有名寺社が軒を並べています。それぞれの寺院が所有している山々を巡ります。

Rimg0083Rimg0055   大文字山頂上は、いきなり木立が開け、京都の町を一望する眺めが一気に目の前に現れます。標高は465メートルですが、それ以上の高さを感じます。 そして頂上から少し下ると、ついに大文字送り火の火床に到着です。この火床を見る為だけなら近道があるので、家族連れのハイカーも多いです。おじいちゃん、おばあちゃんが、お孫さん連れで登ってきています。早いお弁当を食べてる方も多かったです。長閑でいいですね。
 大の字の中心には、弘法大師の霊廟があります。そして息子が大の字になって立っているのが霊廟の前の中心軸の火床です。この火床、丸くなっていて何か意味がありそうです。邪気を火に近寄らせないようにする結界を意味してるのでしょうか。どこかの都市伝説に出てきそうですよ。

Rimg0069Rimg0119  下山 した法然院は庭園が美しい。粗野な山の風景と対極をなします。下山には法然院所有の森を通ってきたのですが、法然院はその森の再生にも力を入れているんですよ。山には、過去に本来の植生ではない松が植えられたので、その松が枯れてしまうと森が荒れます。枯れた松などを排除し、風通しの良い森つくりを地道に行っています。森が京都の文化や景観を支えていることをしっかり認識して、その保護を行っているんです。また「法然院・森のセンター」を公開して、グッズ販売なども行っています。文化と環境は繋がってます。
 その後は通りたくなかったんですが、銀閣への「哲学の道」。うーん、桜は綺麗ですが観光客でゴッタ返しです。正直、気分が悪くなります。こういうところは、早く通り過ぎましょう。

Rimg0086_2  「哲学の道」を離れて、 白川通りを渡って、百万遍へ向いました。百万遍から出町柳の一角は、学生時代に友人が住んでいたのをきっかけに、大好きになった町なんです。前から気になっていた中華料理「華祥」さんにお邪魔しました。百万遍交差点にある普通の雑居ビルの2階に店はあります。カウンターと小さなテーブル席2組だけ。いつも地元の人達で賑わっています。最近ご主人さんが「現代の名工」に選ばれたとのこと。
 いつも満員で行きそびれてたんです。今日は並んで待ちました。注文したのは「ねぎ鳥ラーメン」と「あんかけ焼きそば」。こんなにキレのある中華料理を、久しぶりに頂きました。我が地元の「九龍」が、昔の味を取り戻したような感じです。「美味しいー」と嫁さんも言ってくれました。

Rimg0098Rimg0097_3 出町柳の一番好きな場所はここです。鴨川と高野川が交わる河原では、地元の花見客と学生達がのんびりと時を過ごします。息子が渡る川の飛び石にはこんな形の物もあります。奈良斑鳩の亀石をイメージしているんでしょうか。亀には地を治める力が宿っているといいます。この二つの川が合流する中州の北には、京都最古の神社、下鴨神社が有ります。ここは京都の要所であって、亀がこの地を守っているんです。

Rimg0099Rimg0122   なぜか「出町ふたば」のごった返しは気になりません。 よそからの観光客も多いですが、地元京都の人も多いんです。この店の看板「豆餅」は、ほんのりとした甘さで、豆がプチプチ。口が喜びます。でも時間が経つと、硬くなっちゃいます。つまり京都の外に持ち出せないんです。(大阪のデパートで売ってますが)急げば持って帰れなくはないんですが、自宅で食べるのが精一杯です。その限定性と、得も言われぬ味がこの餅を際立たせてるんですよ。京都人の内菓子ナンバーワンだと考えるんですが・・。

Rimg0138  京都、大文字山、桜、そしておいしいもんを頂いて、本当に幸せな一日でした。今回歩いたコースは京都の中心部に一番近いコースでした。朝、錦によって鯖寿司でも買って、山の上で頂くなんて贅沢も実行できそうです。山を登る爽快感が十二分に感じられて、京都と山、一粒で二度美味しい山行でした。
 次は京都の「お山」、比叡山を大原と楽しみたいですね~。楽しみです。

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2009年4月 5日 (日)

山屋には本が似合う?

Img_3862  息子が読んでるのは登山家・岩崎元郎さんの「登山不適格者」。ブックオフで去年買ったんですが、息子、私の本棚からこっそり出してきて、「ホントにそうやなー」とか言いながら読んでるんですよ。しばらく読み進めて、「やっぱり山小屋で飲んで騒いだらあかんのや」とこっちをじっと見ています。息子に言われると、ほんの少しのやましい気持ちを見透かされたようで、「飲んでるけど騒いでないぞ」と急いで弁解します。時すでに遅く、息子は山のにわか物知り人間と化していて、本からの受け売りで登山不適格者チェックを始めます。急いで逃げなければ・・。

Img_2051 最近読んだ本で、まずもってこんな情景に出会いたいと思ったのは、高村薫さんの「マークスの山」です。最後のくだり。
「・・東の空いっぱいに正三角形の巨大な山影が浮かび上がった。雲海の上には茫々たるその山しかなく、その稜線には中腹まで昇ってきた太陽の、臙脂(エンジ)色の光輪が広がっているだけだった。
手前にもその向こうにも何もない。天空に浮かぶ富士山の姿を、今、見ていた。(完)」
 山登りは自分探しの旅でもあるんですよ。自分の心に刻んだ山の景色は、誰と一緒に居ても自分だけのもので、他の人に伝えようとすれば、自分自身の言葉でしか伝えられないんですよね。高村さんの伝えてくれた山は,上下巻の長編サスペンスを持ってして最後に、純粋で飾りのない表現で伝えてくれた富士山だったんです。自分で登って、その頂で感じた山の気持ちをストレートに表現した文章に感動しました。夜明けの富士山を、南アルプスの高峰から間近に見てみたいです。
 高村薫さんと言えば昔、焼酎を酒屋に徳利で買いに行くのがエコだというテレビ番組で、本人が取材されていたんですよ。もちろん高村さんが徳利を酒屋に持ち込んでいる場面が映されていて、このオバちゃん作家はカッコイイなぁと、妙に納得したのを覚えています。関係のない話でした。

Dsc00264  1984年植村直巳さんが消えたマッキンレー(現地名デナリ)は、遡って1967年に、7人で編成された登山隊によって初めて冬季登頂がなされました。そのときの物語を語った秀作が、「冬のデナリ」です。この本は福音館書店って、児童図書を主に出版するところから出されていて、この本自体小学生上級向けのものなんです。でもその内容は幼稚でなく、万人を感動させる素晴らしい内容でした。この本は登頂後30年余りが経った1996年に出版されました。登頂に成功したものの、その後遭難し、辛うじて救出された登山隊の挑戦は長く語られませんでしたが、時を経て、克明で、事実に基づく誠実な文章で、再び世に出たのでした。その挑戦は壮絶で、読みながら震えました。平易な文章は、なおさら正面から事実を読者に伝えます。当時は、登山計画は失敗だったと断じられます。しかし本文末で振り返って仲間と語った最後の言葉は、非常に苦しい経験だったものの
「It was a fun.」(面白かったじゃないか)
という言葉で締めくくられたのでした。感動します。
 ところで、どうでもいいことですが、私のお気に入り高所帽、デナリパスは、デナリ峠という意味だったんです。黄泉の国デナリ峠を通過するには、デナリパスは必携です。

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