ありがとう、Hくん!黒部・下の廊下、撤退。
黒部の下の廊下に行ってきました。天気は秋晴れ。少し遅い秋の訪れに紅葉は今ひとつでしたが、素晴らしい渓谷美を目の前にすることができました。この思い出を、一生忘れることはないでしょう・・・。
今回は、このように始められる予定でしたが、わたくし捻挫してしまい、途中で撤退となってしまったのです。そういうことで、別の意味で一生忘れられない山行になってしまいました。こうしてブログを書いていられるのも、同行してくれたHくんのおかげで、Hくんにはこの場を借りましてお礼を申し上げます。Hくん、ありがとう!(写真は関西電力の前進、日本電力が作った登山道「日電歩道」を案内する表示)
北アルプス、黒部・下の廊下は、日本海に注ぐ黒部川を有名な黒部ダム直下より下り、下流にある黒部渓谷鉄道終点欅平駅まで歩くコースです。総延長は約30km。歩行時間は一日目が約9時間、二日目4時間、合計13時間半が通常タイム。コースタイムに休憩は含みません。コース全体を通すと、通常の登山のような何時間もの登りや降りはありません。ただ川の底部から百数十メートル上に引かれた水平の登山道への昇り降りなどに急登があります。今回Hくんに案内した計画書にはこう書きました。
”一年の内、1ヶ月しか入れない黒部下流部、下の廊下。滝と、究極の渓谷美。岩壁を半トンネル状にくり貫いた水平歩道の足元は、はるか数百メートル下の黒部川に深く切れ落ちる。そして雪渓が目の前に立ちはだかる。中間地点にはお約束の秘境温泉があり、私達の疲れを癒してくれるだろう。そしてそれだけで、ひとつの観光である黒部渓谷鉄道のトロッコ列車で帰途に着く。最後は日本一旨いと言われる回転すしで日本海の美味をいただく贅沢な企画。”
写真の岩壁に横筋がありますよね。これが登山道なんです。私達の引き返してきた地点では川から20メートル程度の高さですが、最大で百数十メートルの高さの岩壁を歩きます。登山道には常に直径1センチぐらいのワイヤーが張ってあり、それから手が離せなくなるそうです。なんでこんな道があるのかと言うのは、こちらをどうぞ。
今回出発地は長野県大町市扇沢、到着は日本海側の富山県黒部市宇奈月温泉ですので、嫁と息子に送迎してもらうことにしました。私達は中間地点阿曽原温泉でテント泊(温泉と言えども建物はプレハブで、そこに年に1ヶ月の間だけ登山者が集中しますので、満員で2人に布団一組になり、人が歩くとミシミシ音が酷いらしいです)、嫁と息子は宇奈月で温泉旅館泊、豪華会席料理三昧の計画です。私達がトロッコ列車で宇奈月温泉に到着するのを待ってもらうことになります。もちろん車で長野から富山まで嫁1人の運転は心配ですが、ナビがあるし、道も148号線は広いですから大丈夫です。
ネットでは6:30に黒部ダム行きの始発があるとのこと、早朝4:00には駐車場に到着し仮眠を取りました。駐車場は一杯。テントを張って前夜から待機する人もいます。朝になると人で大混雑です。結局7:30が始発となりそれまで待ちましたが、室堂出発の登山者など他観光客で大賑わいです。8:00過ぎにはダムを出発。ダム直下への下りが20分程度続きました。いつもより重い荷物でやや足に来ましたが、その時はこの下りが、その後私達に「どんだけー!」を猛連発させる登りになるとは予想もしなかったのです。
ダムからは放水がされ、私達の出発を歓迎しているようでした。Hくんは新しく購入したニコンのデジカメで周辺を撮りまくりです。私の指導でレインウェアーと登山靴を購入しました。足元が光っています。ほかはスノーボードの格好なのか何なのか分かりません。シュラフを持って来るというので、放っておいたらキャンプ用のシュラフを持ってきていて、自分のザックに納まりません。出発直前に急遽私の第二ザックに変更。
大タテカビンを撮影するHくん。二本の500mlをザック横に入れ、更に1ℓのCCレモンをザック中に入れています。”日本一旨い回転すし”のフレーズにだまされて参加しました。嫁さんにも寿司の土産を頼まれたそうです。回転すし屋は北陸地方にチェーン展開する「キトキト寿司」のことです。以前金沢でここの寿司をいただいたとき感動しました。まあ、今時の回転すし屋はどこも鮮度とか売りにしてますが、ここは本当に鮮度抜群です。そうです、目の前が日本海なんですから。白魚とか甘エビとかブリとか、何でも最高です。特に鮮度の高いものは、山から下りてきた体には最高の癒しになるはずですでした。
何時間か歩き、渓谷美に圧倒されていたのですが、その時はやってきたのです。鳴沢を過ぎて30分くらい歩いた時でしょうか、少し斜めの足場に足を下ろした瞬間、右足はグリッと往ってしまったのです。多分余りの痛さに痛さを感じずにいたのでしょう、大事を取ってテーピングをし暫く歩き始めましたが、強烈な痛さに体は停止状態になってしまいました。落ち枝で杖を造り、軽いザックのHくんとザックを交代。来た道を戻る判断をしました。阿曽原温泉まではたぶん5時間以上はあったでしょう。少し戻ると河原へ降りれましたので、そこで足を冷やそうと川へ足を入れた瞬間、大声が出ました。冷たいんですよ川の水は。後で聞いたら4度くらいだそうです。3秒と入れていられないんです。なんとか入れては出し、入れては出しで、足を冷やしました。また歩き出しましたが、歩みは遅く歩けば歩くほど痛みが増してきます。そこでHくんがわたしのザックまで持つと言い出します。すまないね~Hくん。持ち続けられるのは少しの時間だろうと思い、いったん預けてまた後で担ごうとHくん持ってもらいました。その後最後まで私のザックを担ぎ続けたHくんはダム到着後ザックを降ろすと、喜びと余りの体の軽さに飛び跳ねます。私達はザックを2個持つ訓練を「ドラゴンボール訓練」と名付けました。
そして私達を最後に苦しめたのは、そうあの「どんだけー!坂」でした。行きはよいよい、帰りは怖い。その坂は最後の力を振り絞り登り切るまで1時間半を要し、途中で先に行ってもらった方々には色々な声を掛けていただき、本当にありがたい修行の道となったのでした。登り切った広場に仰向けになって休んでいると、私が怪我をしているとは知らなかったのでしょう、初老の女性が「オバサンの方が元気やないか」の一言を残されて行ってしまわれました。山ではオバサンが一番元気です。
ダムの治療室で少し休ませてもらい、病院も紹介してもらいました。嫁さんにも連絡を入れ、宇奈月温泉をキャンセルし戻って来てもらう段取りもしました。Hくんがダムを見たいと言うので、それはそうだ折角来たんだからと送り出しましたが、暫くすると至急バスに乗ることになり、やっと連絡が取れたHくんもギリギリセーフ。Hくんに後で今回の旅で一番慌てたのは、この件だったと愚痴を言われました。
嫁と息子はかなり早くに宇奈月温泉に到着していたらしく、渓谷鉄道の終点まで行って帰ってきていたのでした。そこへ私から連絡が入り、長野へとんぼ返りとなったのです。病院で落ち合うことが出来ました。病院は大町と穂高村の間にある松川村の西森整形外科です。ここの先生、本当に良い先生だったんですよ。タクシーの運ちゃんとは大違いの親切さです。診察後宿まで面倒を見てくれたんです。あちこち電話してくれたんですが、最後に予約できたのがその晩泊まった「ごほーでん」です。この宿、民宿とは聞いてましたが、オリンピック通り沿いに有る民芸風の宿で、一泊2食付で6,500円は安いですよ。食事は手作り料理のバイキング形式です。サービスでいただいた蕎麦も最高でした。疲れ切った体にビールがしみわたりました。
帰りに以前から行きたかった「大王わさび園」に行って来ました。朝食でお腹一杯だったのでわさびソフトは食べられませんでしたが、息子とHクンは食べてました。お土産は定番のわさび漬けを購入。思わぬ今回の旅でしたが、意外に楽しめました。足は何時治るのか分かりません。早く治ってくれ~。そして下の廊下は来年、Hくんと再挑戦です。しかし本当にHくんありがとう。
関連記事≪大願成就なる。黒部・下の廊下。旅行編。≫
関連記事≪大願成就なる。黒部・下の廊下。山行編。1≫
関連記事≪大願成就なる。黒部・下の廊下。山行編。2≫
| 固定リンク

コメント
Fです。
お疲れ様です。
今日はもじ君も葬式に行かれたので
そろそろ帰ろうかと思います。
そう言えば
今日は早速デリニュース流れてましたよ。
投稿: F | 2007年10月25日 (木) 18時24分